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月に約一度、三畑幾良が甘味にまつわる掌編小説を書いていきます。

今月の甘味は「ミルフィーユ」です。

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 あら、こんなところまでわざわざ来てくださったの。私も今来たところなのよ。これから行くところは決めてくださってるのでしょう? もう少しここでゆっくりしていいかしら。
あなたも何か注文なさったら? いらない? ふふ、そんなに焦らないで。ここの珈琲はなかなかのものよ。きっと水が良いのでしょうね。私はさっきミルフィーユと紅茶を注文したばかりなの。このお店のケーキはどれも絶品なんだけど、季節の果物がトッピングされたミルフィーユは一番人気だそうよ。今の季節だと何が乗っているのかしら。栗? それとも無花果か梨?
ミルフィーユの食べ方、あなた知ってる? だって、上から切ると崩れてしまうでしょう。パイ生地を一枚一枚外しながら食べるのは、ミルフィーユの重なっている意味がないじゃない。
正解はね、初めにトッピングを全部取ってしまうの。綺麗に乗せてあるのに、残酷よね。それから、向こう側にぱたんと倒して、もともとは側面だったところにナイフを入れる。そうすればさっくりと切れて、見苦しくないのだそうよ。
ええ、私はやったことがないの。これは本で読んだ話。だから今日こそやってみようと思ってね。
清香にもミルフィーユの食べ方の話をしたことがあったわ。この食べ方を教えたら、清香、そんなにうまくいくもんかなって首を傾げたわ。やったことはないって私が言ったら、あの子笑ったっけ。頭でっかちだねえ、やってみないと分からないよ、って。
あら、どうしたのそんな顔をして。あなたは清香のことでいらっしゃったのでしょう? 清香は、私のこんなところをよく笑ったものよ。そう、いつも頭でっかちだって言ってた。幼なじみなんて残酷なもんねえ。人の短所なんかをあっさり言ってのけて、何とも思っちゃいないのだから。
勉強は私の方が出来たわ。あの子は中学の真ん中辺りから勉強しなくなったもの。ほら、あの年の頃ってお洒落の方が大事でしょう。あの子、ぐんぐん綺麗になっていった。私はあの子の貸してくれる雑誌を読んで、お化粧のし方や服の選び方、男性の前での振る舞いを覚えたわ。目を大きくするテクニック、今でも暗唱できる。それを聞いて清香が笑い転げたのはいつのことだったかしら。十年前? それとも、十日前? あの子やっぱり私のことを、頭でっかちって言ったわ。
ええ、私は覚えるだけ。実践はしないの。だって、もうそれで満足じゃない? そうすればやれるって知っているのに、わざわざやってみる必要があるかしら。
だからね、私は清香を殺してはいないわ。そんな必要がないもの。
え? あの子が私の元恋人と付き合っていたって? お笑い種。それがどうかしたのかしら。だって、付き合い始めてほんの一ヶ月後には、あの子、私の元恋人の浮気癖に困って、毎日泣いていたもの。そんな男を献上したからって、私があの子を憎むと思う?
私があの子の部屋に行った時、風呂場であの子が倒れていたの。キッチンには遺書があったけど、ちょっと見てすぐに燃やしたから何が書いてあったのかなんて覚えてないわ。
死んでいるあの子を見て私、驚いたのよ。だって、全然気味が悪くない。息をしていなくても冷えきっていても、清香は清香だった。とても綺麗なあの子だったわ。
だからこそ困ったのよ。だって、綺麗なあの子を誰にも見せたくない。でも、このまま放っておいたら、あの子はどんどん醜くなっていく。どうなるのかは本で読んだことがあるから知っていたの。あれが本当かどうか、あなただったら知っているのかしら。
しょうがなかったわ。本当はそんなことをしたくはなかったけど、あの子を隠してしまおうと思った。誰の目にも触れないところに隠して、次に見つかるのは綺麗な骨になった状態になるように。
ごめんなさいね、やめましょう、ケーキが来る前にこんな話。隠しやすい大きさにまであの子を小さくして、それから私の知る限り一番人気のない山にあの子を隠した。それだけよ。詳しいことが知りたいなら、後でたっぷりお話するわ。逃げも隠れもしないもの。
でも、私、やっぱり頭でっかちだったのね。人間の身体があんなに重くて扱いづらいなんて、想像もしなかった。あの子は華奢なのにきちんと人ひとり分の重みがあったわ。それに、関節なんてちょっと刃物を入れればすぐに外れるものだとばかり思っていたのに、全然そんなことないのね。感触も匂いも必要な力も、本で読んだのとは全然違っていた。
ああ、そうね。頭でっかちっていつもからかわれて、私、ちょっとだけ腹を立てていたのかも。だから挑戦したかったのよ。実践問題というやつに。本で読んだことを、知ってさえいれば本当に出来るんだってあの子に見せたかったのかも。
だって、私、何もやったことがなかった。流行りの格好をしたり、目が大きく見えるメイクをしたり、男性に優しく触れたり。
ケーキと紅茶が来たわね。あら林檎だったのね。予想は全部大外れ。私の予想が外れるのはいつものことだからあまり気にはしていないけど。あなた、もっと早く来ると思ったのよ。だって、あの子の身体が見つかったことがニュースになったのは、一週間も前のことじゃない?
これを食べ終わるまでは待っていてくださるかしら、刑事さん。
本で読んだ通りにミルフィーユを食べられるかどうか、私、どうしてもやってみたいの。

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次回の小説掲載は10/25(日)頃を予定しています。よろしくお願いいたします。

(三畑幾良)

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