アイキャッチ ハイネケン

こんばんは三畑幾良です。

今年の初めに某SNSに書いた掌編をアップします。

個人的にちょっと気に入っている話なので、お楽しみ頂けると嬉しいです。

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初めてお会いした清水さんは、とても物静かな方でした。
見るからに上質な黒い毛皮がよく似合い、オフ会の喧騒の中端然としていらっしゃる姿に、私達は皆、惚れ惚れとしたものです。
「清水」というありふれた名前が、清水さんにはぴったりでした。

「清水さん、チキンを食べますか?」

私が声をかけますと、清水さんのそばに座っていらっしゃった山田さんが――こちらも今回初めてオフ会に参加された方で、清水さんと連れ立っていらっしゃった美しい女性です――遠慮がちにおっしゃいました。

「清水はそういう物を食べないようにしているんです」

普通に聞くと随分意地悪な台詞なのですが、山田さんがあまりに申し訳無さそうにおっしゃるものですから、私は無理に勧めずに引き下がりました。
その会話を聞いて清水さんは、残念だなとでも言うように軽く鼻息を立てられましたが、特に何もおっしゃらず、やはり静かに、そこにいらっしゃるのでした。

山田さんは美しいだけでなく、機知に富んだお話をされる方で、初対面にも関わらず、私達はすぐに打ち解けました。

「山田さん、ワインをもう一杯召し上がりますか? それとも何か別のものを?」
「ワインの他には何がありますか?」
「ウイスキーは角瓶しかないですね。それから梅酒も一種類です。カクテルは……」
「では、梅酒をロックでいただきます。楽しくて、つい飲み過ぎてしまいますね」

確かに、山田さんの頬には紅がさしています。
清水さんはそんな山田さんをちらりと見ました。物静かな清水さんの視線は雄弁です。今度は、あまり飲み過ぎるなよとおっしゃったに違いないと私は思いました。

やがて届いた梅酒のグラスを、そっと山田さんの手に触れさせます。

「梅酒ですよ」
「あら冷たい。ありがとうございます」

微笑む山田さんの表情があまりにも可愛らしくて、私は思わずぼうっとしてしまうのでした。

どんなに楽しい宴も、やがて終わります。
今回幹事を引き受けてくださった若い男性が、冗談を交えながらお開きの挨拶をされました。

「楽しかったですね」

私は山田さんに声をかけます。

「ええ、本当に。また参加したいです」
「その時はまた清水さんもご一緒に」
「勿論です」

山田さんは楽しげにおっしゃいました。

「清水さん、また来てくださいね」

私が清水さんに声をかけましても、清水さんの超然とした、哲学者めいた表情は変わりません。しかし私には、清水さんが小さく頷いてくださったように見えました。

「では、外に出ましょう」
「そうですね。あまり遅くなってもいけませんし」

山田さんはにこやかに頷かれます。
そして、清水さんに優しく、しかしはっきりと告げられるのでした。

「清水、アップ」

オフ会の間中、山田さんの椅子の傍で静かに伏せておられた清水さんは、山田さんのその言葉を聞いてすくりと立ち上がられました。

ほう、という声が私の口からも、オフ会に参加した他のメンバーの口からも漏れます。
そのくらい、さっと立ち上がった清水さんの姿は凛々しいものでした。

「清水さんは、本当にハンサムですね」

私がそう言いますと、山田さんははにかむような、残念がるような顔をされました。

「よくそう言っていただくのです。黒のラブラドール・レトリーバーは格好いいですね、とも言われます。私、それが見られないのが悔しくって」

山田さんは、さして苦労もせず清水さんのハーネスを持たれます。

「清水は私の目ですが、自分がハンサムかどうかは教えてくれませんもの」
「それは本当に残念ですね。清水さんは物静かだから」

盲導犬というものを身近に見る機会は、私にはこれまでほとんどありませんでした。オフ会の他のメンバーも似たり寄ったりだったことでしょう。

店の前で、私達は別れました。

「清水、ストレートゴー」

山田さんの指示で、清水さんはゆっくり、しかし堂々と歩き始めます。

清水さんの毅然とした後ろ姿が雑踏に紛れていくのを、私はしばらく目で追い続けていたのでした。

 

*****

ではまた来週に!

(三畑幾良)

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