20160809_045746185_iOS2回目観てきました「シン・ゴジラ」。

張り切ってメモを取りながら観ましたが、ただでさえ汚い字が暗くて更に暗号めいた文字に…。

端的に感想をば。ネタバレありです。

 

 

 

 

◆私は好きにした。君らも好きにしろ

私は「シン・ゴジラ」の2回目の鑑賞にあたり、この映画の作者というべき庵野秀明総監督が何をテーマにしたのかを見出そうと考えた。

すると、意外にもそれはシンプルに最初に明示されているのではないかと思い至ったのだ。

「私は好きにした。君らも好きにしろ」というメモと「春と修羅」(宮沢賢治著)、そしてメガネ。

 

 

これだ!!!

きっとこれが庵野監督が最初に皆に伝えたかったことだ!!

 

一旦そう思い込んで観てみると、色々妄想が膨らむ。

 

妄想1:あのメモは庵野監督の直筆説

これがテーマ、というか庵野監督のまず言いたかったことだとすると、何となく自分で書くんじゃないかなという妄想。作品のストーリーに関わる話ではないが、監督自身の「好きにする感」は非常に高まる。

 

妄想2:エヴァQとシン・ゴジラの庵野監督の言い分

仮の話だが、前監督作のエヴァQは、庵野監督渾身の一作であったとする。だとすると、全体的に不興であったことは庵野監督にとって相当ショックな出来事だったのではないだろうか。そのダメージを受け、次作を撮る勇気を如何にして絞り出すか。それが

【私は好きにした】

(私は自分の感性に従って、自分が素晴らしいと思うモノを作った。エヴァも、ゴジラも)

【君らも好きにしろ】

(私の作品を観るのも観ないのも、褒めるのもけなすのも、観る人の思うようにしたらいい。私は作品に対する評価で、自分が作りたいと思うモノの方向性を変えることはしない)

 

そんな決意表明だったのではないだろうか。

 

妄想3:「春と修羅」庵野監督はメガネを取って修羅になった

宮沢賢治の「春と修羅」を読むとわかるのだが、そう、私のような浅学のオチンチンボーイにはよくわからない内容だ。

だが、庵野監督は修羅になったんだなと妄想してみた。

少し長くなる。

この映画には現実の日本にあるものが2つ無い。

それはゴジラと東日本大震災だ。

我々にとっては怪獣=ゴジラといっても過言ではない。

だからこそ超高校生級の野球選手であった松井はゴジラと呼ばれた。

「シン・ゴジラ」の世界にはゴジラ、またはゴジラに類する怪獣は存在しなかった。

それはどういうことかというと、飛躍した考え方だが、ゴジラとはつまり未曾有の災害の比喩だということだ。

そして未曾有の災害とは何かと言えばそう、東日本大震災だ。

作中では東日本大震災が起こったという過去は明示されていないが、全く引き合いに出されていないことから設定としてそれが起こっていないのだと私は考えている。

これらをまとめると、庵野監督が何に対して修羅になったのかがわかる。

「不謹慎とか、エヴァ作れとか言われようが、俺は本気で東日本大震災をテーマにした映画を作っちゃうよ!」

ということだ。

 

 

※ここからは非常に不謹慎な妄想であり、ともすると被災者の方々への冒涜ともとれてしまうかもしれないが、筆者にはそんな意図はなく、一人の阿呆の戯言だと受け流して欲しい。

 

 

 

妄想:4「東日本大震災でテンション上がったという一面の真実」

「シン・ゴジラ」の作中で矢口蘭堂をはじめとする巨災対の面々の活き活きしていること。

エヴァのBGMが見事にマッチしている。もちろん私のテンションも上がる。

これはどういうことなのか。

危機に直面した時、集団の中において一部の人間は活力を漲らせる。それは生存本能的なものからなのか何なのかはわからないが、やるべきことが一時的にフォーカスされることで集中力が高まり、かつアドレナリンが大量に分泌されることなどにより起こる現象なのではないか。

実際にもそうした方々の活躍でどれだけの命が救われたか計り知れない。

だがその活力の源は震災とは言えまい。

そして、東日本大震災で繰り返し放送された被害映像の数々。

これらは否応なしにクリエイターの感性を刺激した。

私の妄想だが、庵野監督はエヴァQで震災との向き合い、作品の中に震災描写を思い切り入れるのは不適切だと考えたのではないだろうか。そしてそこに後悔というか、わだかまりのようなものがあったのではないだろうか。

そこで「シン・ゴジラ」だ。

ゴジラを東日本大震災に置き換えると、色々しっくりとくる点があるのではないだろうか。

参考ブログ『■震災映画としての「シン・ゴジラ」を見て「日本に希望がない」と確信』

http://anond.hatelabo.jp/20160805033624

「震災VSオタク」をエンターテイメントにして撮っちゃうよ。

これが庵野監督の修羅としての覚悟であり「好きにした」ことではないのだろうか。

 

 

以上が私の妄想であるが、書き終えてみて恐ろしいと思ったことがある。

作中では巨災対や自衛隊の活躍により、新元素の発見、除染への希望が見出された。

 

 

我々の現実はどうだろう。

 

 

 

 

 

希望は見出されたのか。

 

 

 

 

 

ゴジラは冷やされたのか。

 

 

 

 

 

 

牧悟郎元教授が残したメモなど、こちらのブログが非常に分かりやすく色々まとめているので参考にどうぞ。

http://goo.gl/jPW2RE

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