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男性「あなたは、聖書の言葉を何か知っていますか?」

筆者「そうですね・・・。一粒の麦、地に落ちて死なずば・・・のくだりは知っています。ヨハネの福音書でしたね」

男性「おお、素晴らしい!聖書をお読みになったことがあるのですね?」

筆者「いえ。これはドフトエフスキーのカラマーゾフの兄弟で知ったんですよ」

・・・これが筆者とエホバさんたちとの出会いでした・・・。

と、何やら不思議な会話からスタートしましたが・・・。こんにちは。金曜担当の小泉です。

突然ですがみなさんは、宗教の勧誘って受けたことがありますか?

筆者が住んでいるのは、静岡県の富士市。

富士山のふもとのあたりです。

富士山周辺というのは昔から「宗教」が集まりやすい土地柄らしく、筆者の自宅には頻繁に色んな宗教の勧誘が来ます。

普通のひとでしたらそういった勧誘を「嫌だなぁ」と感じるのでしょうが、仕事柄宗教の研究を余儀なくされている筆者には、そんな宗教家のかたがたとの語り合いが少し楽しみだったりするのです。

本日は、これまで数々の宗教勧誘を受けてきた筆者が、良い宗教と悪い宗教の見分け方を独自目線で語ってゆきます。「ウチにも宗教の勧誘が多くて困っているのよ~」というかたがいらっしゃいましたら、是非参考にしてみて下さい。

ちなみに筆者の宗教は「何でもウェルカム教」です(笑)。八百万の神を信じると言えば、神道になるのかもしれませんね。

☆宗教勧誘と対峙。第一関門は「入信しませんけど伺えますか?」

宗教の勧誘を前に、筆者がまず始めに口にするの言葉は、

「入信しませんけど、お話を伺えますか?」です。

要は、自分が宗教を研究する身であることを打ち明け、入信しないことを前提に教えを請う訳ですね。

善良な宗教団体の場合、もちろん構いませんよ!」と気さくに話を続けてくれます。

考えても見てください。

目の前にいるのが、たとえ異宗教を研究するいかがわしい人間(筆者のことです・笑)だったとしても、将来自分のところの信者になる可能性がゼロな訳ではないのです。

それに、宗教を無理強いして己の神を強制的に信じさせたところで、神が喜ぶはずがない。

自主的に信仰を開始してこそ、神はお喜びになる・・・。

以上の理由から、善良な宗教団体に属するかたがたは、異宗教の人間と接するときにも常に親切で、自分の考えを押し付けたりはしないのです。

冒頭の会話でのお相手・・・エホバの信者さんも、それは紳士的なかたでした。

このかたはこのあと1年以上に渡り、聖書のあれこれを奥様と共に無償で教えてくださり、おうちにご飯に招待してくださったりもしました。勿論、無理な勧誘をすることなく・・・。

今でも筆者はこのご夫婦を人間として尊敬しています。

そして、悪い宗教団体の場合はというと・・・。

もう、クソミソに人格否定してきます(笑)

「どうして他の宗教なんて勉強するの?時間の無駄でしょう?」

「早くウチの団体に入らないと、家族に悪い影響が出るわよ?」

「最近何か良くないことってあった?それってご先祖の祟りよ!!嫌だわぁあああ~!

失敬な・・・あんた、ウチの先祖を何だと思って・・・(苦笑)

質の悪い宗教団体のかたがたは、とにかくムダなことをするのがお嫌い。

入信しないと言い切る人間に対しては興味を向けてこないし、ましてや自分のところの事情なんて親切に教えてくれません。せいぜいパンフレットを渡されて「ここのHPを見てください」で終了です。

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☆第二関門は、子供への対応を観察する

そして、重要なのが子供への対応。

悪い宗教団体の場合、相手が子供であろうと容赦なく勧誘してきます。

「この神様を信じないと、あなた学校でいじめられるわよ?」

「この神様は良い神様だって、あなたからお母さんに言ってちょうだいよ」

・・・もう、人間として最低です。

善悪の区別がつかない子供を、恐怖で操ろうとする。自分の勧誘ノルマを満たすことだけを考えているようなひとが属する団体が、果たして善良な教えを布教する団体と言えるでしょうか?

一方、善良な宗教団体の場合、子供に塗り絵などの物品を渡すことはしても、ガンガンに勧誘してきたりはしません。あくまで「入るか入らないかは、大人になってから決めてね」もしくは「お父さんとお母さんの言いつけに従ってね」です。

☆第三関門は、創始者を馬鹿にしているかどうか

これに関しては、少し難しいお話になります。

仏教を例にご説明しましょう。

仏教には、上座部仏教大乗仏教という種類がありまして、簡単に申しますと、上座部=原始仏教大乗=新しい仏教と考えていただいてよいかと思います。

そもそも、仏教の創始者であるお釈迦様は、「お経はその時代に合った、万民に分かりやすい言葉で残すんだよ。決してサンスクリット語(当時は難しい言葉だった)とか、ひとが見て読めないような言葉で残したらいけないよ」と仰ったはず。

いかし今のお経はどうでしょう?

全部漢文で、何書いてあるのかサッパリ分かりませんよね。

この時点で、お釈迦様の御心に反しているのです。

こういった「創始者が述べ伝える内容との違い」を挙げたとき、善良な宗教団体の場合は素直に認めます。

認めるといいますか、「昔は確かにこういう解釈だった。しかし研究が進むにつれ、こっちの解釈が主流になった」と、感情的にならず理論的に分かりやすく説明してくれます。

そして、悪い宗教団体の場合・・・

普通にキレます!(笑)

「アレよアレ。お釈迦様っていっても、何千年前だかのひとでしょ?今と昔とじゃ、世の中も違うから」

・・・ええまぁ、これには一理あるでしょうね。衛生状態や身分制度など、今と昔とでは確かに違いますし。

しかし、ここからが問題です。

「アレよアレ。ウチはお釈迦様より○○代表の方がエライから!」

はい、終了~~~~~~~~~ッ!!

お釈迦様よりカネ集めの筆頭がエライとか、もうダメダメです。

てか、もはや仏教系団体を名乗る意味さえなくないですか?(笑)

さらにこれの上を行くバージョンとして、「代表はお釈迦様の生まれ変わりだから!」という連中もいます。

このパターンはいわゆるスピ系団体に多く、用語の中に「アセンション」とか「宇宙」とかを頻繁に絡めてきます。

(注:筆者はスピ系をけなしている訳では決してありません)

☆最後に・・・

さて、これまでいくつかの「宗教団体の見分け方」を並べてきましたが、みなさん御参考になったでしょうか?

最後に、筆者から重要なことをひとつ。

もしあなたが、本当の宗教者と出会った場合、決してその人を論破しようとしてはいけません。

なぜなら宗教とは、誕生してから今までの間、頭脳明晰な幹部たちによって守られ継承されてきたものであり、本物の宗教者とやり合ったなら、こちらの負けは必至だからです。

日本人は宗教嫌いなひとが多いですが、世界情勢をご覧になればお分かりの通り、今は世界中で宗教が猛威を振るっています。

そんな今だからこそ、宗教をいたずらに恐れ嫌うのではなく、真面目に学ぶ時間を設けても良いのではないでしょうか?

どんな宗教の後ろにも、それを伝え生きてきた過去の人たちと、今を生き幸せを願う人たちがいる。

それを思うと各宗教に対し、愛しささえ感じる筆者であります。

 

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