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チューリップの模造物の中に1人立って写真を撮って下さいとお願いする心境

自分にはこういう瞬間が訪れます。まずは選択肢から。

①孤独を表現したいから

②シュールな自分が好きだから

③寂しさに負けそうになったから

④罰を受けている

⑤お花が好きだから

⑥大人になりたくないから

⑦好感を持たれたいから

 

非常に難解な行動だと思います。正解は⑦番。

旅行などで観光スポットに行った時、老夫婦が1人ずつ写真を撮り合っている姿を見た時に、楽しさと切なさが一緒になった、なんとも形容し難い気持ちになったのと同時に、仕上がりを想像した写真はなんとも微笑ましくとても好感が持てました。ですので、自分もその仕上がりに好感を持ってもらえるのではないかという気持ちで撮影してもらいました。

誰かと一緒に写ったり、自撮り棒で撮影するのでは切なさが出ないので撮影してもらったのですが、その風景を周りから見た時に、自然に溶け込みつつ、少し違和感を感じるではないかと思いました。何故一緒に撮らないのだろうとか、何故無表情なのだろうとか、そうすると何が目的の写真なのだろうとか、しかも老夫婦で交代で撮り合っているわけでもないとしたら、この男性の感覚は、少しズレているのではないだろうか、好感が持てるという発想までは到達していただけない予想となってしまいました。

もっと突き詰めていきますと、僕の敬愛する写真家梅佳代さんの写真集「うめめ」の中に、コーヒーカップの中に青年が座っている写真があり、その写真がすごく好きで、撮った人にも被写体にも愛情を感じて好感を持ちました。バカバカしくて愛しいその要素が少しでも出せないものかとトライした写真でもあります。

1枚の写真を掘り下げていく事で、妙に恥ずかしい気持ちになってきたので、今回の記事を終了しますが、皆さんの中にもこのような恥ずかしい写真がありましたら、めさき出版に見せていただけると嬉しいです。

 

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