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まずは以下のストーリーに目を通して頂きたい。

ある日突然、異次元に飛ばされてしまうという・・・。
それはエレベーターに乗った瞬間
道を歩いている最中
自分の部屋のベッドでくつろいでいるとき・・・

いつ起きるか全く予測不能なのだ。

気がつくと、目の前に広がる世界には誰の姿も無く、空の色が異様に濃い・・・。
ここはどこだと手がかりを求め、見渡した先に見える看板には、日本語のようなハングルのような不思議な文字が並び、解読ができない。

途方にくれてしゃがみ込んでいると、突然「おい!」と声をかけられる。

見上げると目の前には、いつの間にか作業着を着た“おっさん”が立っているではないか。

おっさんは困り顔で携帯を取り出しどこかへ連絡すると、「ついて来い」と言い放ち、半ば強引に連れて行かれる。

連れて行かれる先は、異次元に迷い込んだときにいた“もとの場所”や、特定の場所・・・これはいくつかのパターンがあるようだ。

その場所へたどり着くとおっさんは言う。

「これからお前をもとの世界へ戻してやる・・・」

次の瞬間気がつくと、そこはもとの世界。
周りから聞こえてくる人の声に、ホッと胸を撫で下ろしたーー。

この話を見て、みなさんはどんな感想をお持ちになっただろうか?

この話は、既に知っている方もいるだろうが、数年前からネット上で話題になっている「異次元へ迷い込む体験談」の大まかな内容なのだ。

体験者を名乗る人物は複数存在しており、驚くべきことに異次元の様子(人がまったくいない・空の色が鮮明である等)には共通点が見られ、何より“作業着を着たおっさん”に遭遇し助けられるという、これまた共通するルートを介してもとの世界へと帰還しているようだ。

さらに注目すべき点は、体験者の多くが異次元で不思議なマークを見ていることにある。

それは人の顔を中心とした太陽のようなマークであり、どうやら“ヴォイニッチ手稿”の中に見られるマークと同一のものらしいのだ・・・。

ヴォイニッチ手稿と時空のオッサン・・・。

当ブログでは本日と来週金曜の2回に分けて、これらの謎について考えてゆく所存だが、初耳の方々のために、まずはこれら名称の簡単な説明から始めよう。

Voynich2

ヴォイニッチ手稿とはーー

ヴォイニッチ手稿( -しゅこう、ヴォイニッチ写本、ヴォイニック写本とも、英語: Voynich Manuscript)とは、1912年にイタリアで発見された古文書(写本)。未解読の文字が記され、多数の奇妙な絵が描かれている事が特徴である。

手稿には記号システムが確認されている特殊な文字によって何かの詳細な説明らしき文章が多数並んでおり、ページの上部や左右にはかなり緻密な植物や花を思わせる彩色画が描かれている。植物の絵が多いが、それ以外にも、銀河や星雲などの天体図に見える絵や、精子のように見える絵、複雑な給水配管のような絵、プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵が多数描かれている。
文章を言語学の統計的手法で解析した結果、でたらめな文字列ではなく、自然言語か人工言語のように確かな意味を持つ文章列であると判断されたものの、現在に至るまで解読できていない。挿し絵の分析から内容を推測する試みもなされたが、これも成功していない。描かれている植物の絵などは実在する植物の精緻なスケッチのようにも見えるが、詳細に調べても描かれているような植物は実在せず、何のためにこれほど詳細な架空の(と考えられる)植物の挿し絵が入っているのか理由は定かでない。また、描かれた人物が全裸であることから、服飾に基づく文化や時代の判定も困難となっている。(Wikipediaより)

時空のオッサンとはーー

人が誰もいない、静かで不思議な世界に迷い込んでしまった時に出会える、謎のおっさん。
見た目は作業着を着てる様な普通のおっさんだが、存在自体が謎であり、何者なのかはまったくの不明。

時空の迷子を元の世界に帰す力を持っていて、おっさんのおかげで帰還できた人は数知れず。
おっさんは一人ではなく、他にもおばさんやお姉さんなどと遭遇した例もある。

時空のおっさんについてはまとめサイトが数多くあるので、興味のある方は是非ご覧になって頂きたい。

http://www53.atwiki.jp/jikuunoossanmatome/pages/1.html


 

さて、ここからようやく筆者の考察に移らせて頂こう。

まずはヴォイニッチ手稿について。

奇怪なイラストが数多く描かれているヴォイニッチ手稿だが、筆者が注目したのは、緑色のプール(風呂?)に入る女性の絵だ。

Voynich

この絵についてWikipediaでは、12世紀から13世紀頃に南フランスで栄えたカタリ派の「耐忍礼(endura)」の儀式を表している、とある。
「耐忍礼」(エンドゥラ、endura)と呼ばれるそれは物質の汚れを受けないための潔斎であり、この式を受けたものは以後食事を口にしなかったとされる。
なかなか厳しい掟であるが、今一度、女性たちの絵を見て頂きたい。
皆さんには彼女たちが、そんなに厳しい苦行をしているように見えるだろうか?

筆者にはこの絵が、和気アイアイとした入浴シーンにしか見えないのだが・・・。

ここで筆者は、手稿の執筆時期に着目した。
執筆時期は未特定とされているが、2011年にアリゾナ大学で行われた放射性炭素年代測定により、手稿に使用されている羊皮紙は1404年 – 1438年頃に作られたことが判明していることから、とりあえずそのあたりの年代について考えてみよう。

その頃(14世紀頃)のヨーロッパといえば、黒死病(ペスト)が猛威を振るっていた時期だ。
衛生状態・栄養状態・住環境が劣悪だったヨーロッパにおいて、クマネズミの大量発生が引き金となりペストが蔓延したわけだが、当時の人々は風呂に入る風習があったのだろうか?

答えはNOである。

ローマ帝国の時代には豪華な公衆浴場と、湯を沸かす際の熱を利用した床暖房設備が発達していたが、キリスト教の浸透にともに、厳格な信者からは裸で集うというローマ式の入浴スタイルは退廃的とされ、敬遠されて廃れていった。

更に14世紀にはペストの流行により、公衆浴場はもちろんのこと、入浴自体も「梅毒やペストなどの伝染病の温床」というイメージが加わり、人々はあまり風呂には入らなかったようだ。
その後もキリスト教徒の間では入浴は享楽の象徴とされ忌み嫌われ、風呂の習慣自体が忌避され、地中海やヨーロッパ各地で公衆浴場の閉鎖令が出され、終には中世末のヨーロッパから風呂が消え、シャワーが主流になっていったという。(参考サイト様 http://www.yamaxco.com/ken/821_img/rekishi.html

以上の衛生・宗教上の風呂事情からしても、ヴォイニッチの入浴画はおかしいのだ。

もしかしたらヴォイニッチは、反キリスト教の思想を有する集団によって記された書なのかもしれない・・・。

筆者はそう思い、キリスト教に反する思想、ペイガニズムについて調べることにしたーー。

続く・・・

続きは来週金曜予定。

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