heart-283146_640

 

唐突だが、世界で最も美しい愛について話そう。

世界で最も美しい愛は二十世紀の終わり頃、とある地方都市で生まれた。

彼女が誕生した時、もちろん母親は感動に泣いて喜んだが、父親はなんだかはっきりしない顔をしていた。まあ無理もないことかもしれない。男性にとって世界で最も美しい愛とは、現実より幻に近いものだからだ。

新生児室で一緒に寝ていた他の赤ん坊たちは、隣にいる世界でもっとも美しい愛のことなどまったく気に留めず、すやすやと寝息を立て、おしめを汚していた。残念なことに、まだ頭にスラングのひとつも詰め込んでいない新生児には、世界で最も美しい愛の存在が分からなかったのだ。まあ仕方のないことかもしれない。無垢であるということは、赤ん坊の特権なのだから。

滑稽なのは看護師や医師達で、あまりの忙しさに自分が世界で最も美しい愛を胸に抱いているのに気がついていなかった。あの時こっそり写真を撮って、後で見せつけてやったらさぞかし面白いことになったと思うが、今さら言っても詮無きことだ。他にもここで取り上げたい細々としたエピソードはあるが、総じて世界で最も美しい愛の誕生は、ボッティチェッリのヴィーナスの誕生ほどドラマティックではなく、ピカソのゲルニカほど衝撃的でもなく、クリスチャン・リース・ラッセンの展示会ほど注目もされなかった。

よきものは、得てして、静かに舞い降りる。

クリスマスに振る雪と同じだ。

 

話を戻そう。物心さえつかぬうちから、世界で最も美しい愛は人の心を溶かす魅力を放っていた。

巷間ではさっそく彼女についての様々な噂が流れ、ロマンティックな詩が語られた。あくなき情熱が傾けられ、ありとあらゆる興味が注がれた。神のごとく崇め讃える者までいた(世の中には人の信じる様々な神がいるが、世界で最も美しい愛の存在はただひとつだった)。ただ実のところ、饒舌に褒め称える人々の中に、世界で最も美しい愛の姿を実際に見たことのある気の利いた人間は一人もいなかったのだが、どういうわけか誰しもが世界で最も美しい愛の存在を信じていた。あるいはそんなふりをしていた。気持ちは分かる。私だっていまだにスター・ウォーズシリーズを観たことがないなんて、友人の前ではばつが悪くて言えないからだ。

 

大人達とうってかわって子供達は実にクールだった。

学齢期に入った世界で最も美しい愛は同級生に囲まれてすくすくと育っていたが、学友達は世界で最も美しい愛を特別扱いせず、つねに当たり前の存在として受け入れていた。実に考えさせられるエピソードだ。男の子達は好意の反動で、世界で最も美しい愛をからかい、女の子達は素直に世界で最も美しい愛の側にいたがった。世界で最も美しい愛は、そうして幸福な子供時代を過ごした。世界で最も美しい愛と一緒に過ごした子供達も幸せだった。

 

やがて思春期を迎えた世界で最も美しい愛は、その人生のうちで最も難しい時期を過ごそうとしていた。同年代の男女間での彼女のプレゼンスは、満月の夜の海面のように高まっていて、溺れ始める人間まで出てきていた。ティーンエイジャーにとって彼女の存在は、大人や子供達とはまた違った意味で重要なのだ。砂漠の民の塩のように。ああ憐れなる精神の未分化な子羊達よ。

幾度となく彼女は裁判に呼び出された。世界で最も美しい愛という名の証人として。

 

(法廷に響き渡る声)

検事「正直に答えてください。証人はあの夜、どうして被告と一緒にいなかったのですかな?」

弁護士「異議あり。今のは誘導尋問です。裁判長、質問の取り消しを願います」

裁判長「意義を認めます」

原告「あなたが世界で最も美しい愛のことを知っていたなんて、嘘っぱちよ。私の体が目当てだったくせに」

被告「お前こそ世界で最も美しい愛と一緒にいると言っておきながら、他の男とホテルにいただろう」

(傍聴席に座っていたPTA役員のご婦人が卒倒し、担架で運びだされる)

原告「ちゃんと世界で最も美しい愛も一緒だったわよ。嘘はついていないじゃない。三人で楽しんだんだから」

(被告の顔色が蒼白になる)

被告「何だと! いくら世界で最も美しい愛と一緒だからってそんなことが許されると思ってるのか!」

裁判長「静粛に! 静粛に!!」

(法廷の人々はさも深刻そうな顔を作りながら、これは面白いことになってきたぞ、と心の内でほくそ笑む)

 

少々大げさな芝居だったかもしれないが、大体、その頃の世界で最も美しい愛の週末はいつもこんな感じだった。この手の裁判は主に携帯の電波に乗って行われた。ニュアンスは間違っていないと思うが、どうしても異議のある者は、それぞれ勝手に胸に手を当てて陰鬱な思い出をリフレインしてみてくれたまえ。

 

荒波のような十代が過ぎ、二十代の半ばに差し掛かると、世界で最も美しい愛の経済状況は悪化した。もちろん、ありとあらゆる結婚式に呼ばれるようになったからだ。その頃には彼女ももう慣れてはいたが(というか自分の運命を受け入れていたが)、招待状はちょっとした知り合いはもとより、まったく会ったことのない赤の他人からも届いた。結婚式には嘘でもいいから世界で最も美しい愛に座っていてもらないことには、格好がつかないのだ。見ず知らずの人間の結婚式に立て続けに引っ張り出されるなんて、見ず知らずの人の同窓会に次々に放り込まれるようなものだ(これはかなり手加減を加えた比喩表現だ)。

それでも世界で最も美しい愛は、いつも来賓卓の真ん中に控えめに、かつ堂々と座っていた。古代からそこにある石像のように。彼女はその類い希なる包容力で、見ず知らずの他人と旧知の仲を装い、笑顔で新郎新婦を褒めそやし、祝福の言葉を贈った。

しかし、数年後には少なくない夫婦が離婚をし、その度に世界で最も美しい愛の存在は無かったことにされた。

世界で最も美しい愛は写真には写らないから、そういった意味では都合がよかった。

 

世界で最も美しい愛は思う。自分が世界で最も美しい愛として生まれてこなかった世界のことを。彼女は疲れてしまったのだ。自らの名の下に繰り返される喜劇と悲劇に。自分の名前が誰にも呪文のように唱えれられない日々が欲しかった。そういう意味では、愛という自分の名前は、世界で最も短い祈りの言葉のようだと思った。本当にふとそう思った。

 

唐突だが、これで世界で最も美しい愛についての話を終わろう。

[`evernote` not found]
LINEで送る
Pocket