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「ただいま~。」

ふう、今日も疲れた。

会長からの突然の辞令の申し渡しに時間を割かれても、納期が延びるわけでもなし

今日も今日とて遅い帰宅になってしまった。

亨にもこのこときちんと話しておかなくちゃ。

「お帰りなさい!お母さん、今日もお仕事ごくろうさま!」

春子がパタパタ元気よく玄関まで迎えに来てくれる。

こうして我が家に帰り、子の顔を見るとホッとする。

時計をみると夜の10時をまわっている。

菜津はとっくに就寝時間なのだろう。

そっと、子供部屋をのぞいてみると菜津がぐっすり寝息を立てて眠っていた。

かわいい盛りだというのに週に1度ほどしかつきっきりで傍にいてあげられないなんて

我ながらなんだかせつなくなる。

「おお、帰ったか。今日は芋御飯だぞ。」

奥から亨のご機嫌な声がする。

「なっちゃん、今日は幼稚園で芋掘りしたんだよ。そのお芋さんでつくった芋御飯なんだよ。」 

「へええ、なっちゃんがねぇ。」

「菜津のやつ、はつらつと泥だらけで帰ってきよったぞ。」

テーブルに並べられたのは、キャベツの味噌汁、ブロッコリーのサラダ

アジの開きとひじき煮、そしてさつまいもご飯。

「おら、腹減ってんだろ?食え食え。俺らはもうすませとる。」

「うん、いただきます。」

亨は昔から手の込んだものはつくらないが、実に手際よく安価で料理をつくるのだ。

「あら、この芋御飯美味しい。」

「フッフ、今泣いたカラスがもう笑うた。お母さんは昔っからうまいもんに弱いからなあ。」

「何よ。」

「春子もお父さんの作るごはん大好き!」

ご飯を済ませたと言いながら、亨と晴子は一緒にテーブルについて

今日の出来事あれこれを私に話してくれる。

暖かな家族の時間。

「子供って面白いなあ。」

ふと亨がポツリとつぶやく。

「どうしたの?急に。」

「いやな、今年から晴子は小学校に、菜鶴は幼稚園に入ったことだし、そろそろ・・・」

そうよ!そろそろ亨にも働いてもらわなきゃ!!

なるほど、やっとその気になってくれたのね。

ああ、よかった、これで少しは肩の荷が下りるわ。

しかし、亨の言葉は私の想像を絶するものであった。

「そろそろ、3人目を考えてもいいかなーって、」

「はぁ!?」

さ、3人目ってまさか、

「お父さん、3人目ってなあに?」

春子が首を傾げる。

「お父さんとお母さんの3人目の子供で、春子と菜鶴の弟か妹のことや。」

「ええー、もしかして赤ちゃん?」

「そうそう、赤ちゃんはかわいいぞ~。」

「わーい、お父さんに賛成!お母さん、私も赤ちゃんほしい!」

大喜びでリビングで飛び跳ねる春子を尻目にぐらぐらとめまいが起きる私。

我が家にこれ以上子供を産み育てる余裕がどこにあるというのだろう。

「あ、亨…じゃなかった、お父さん、これから晴子や菜鶴が大きくしたがって

教育費だってかかってくるんだよ?うちは貯金だってそんなにないのに

3人目なんて無理に決まっているじゃない。子供だってかわいそうよ。」

「ああ?そういうのは何とかなるってもんよ。

いいか?俺が小学生の時分は親父の会社がヤバくなって家の中はめちゃくちゃで

あげくお袋は俺らを置いてトンズラするわで子供はほったらかしのネグレクト状態で、

会社が持ち直すまでの一時期、俺と弟は年中、腹空かせっぱなしだわ

親父なんざ皿のひとつも洗わん男で、家事なんざ実質上子供に押し付っぱなしで

そんな俺の幼少期にくらべたら今の環境は天国みたいなもんだろ?

俺なんかもう幸せすぎて空恐ろしいぐらいだよ。

何の問題もないって、お前がヒビリすぎなんだよ。」

ちょっと待って!亨の幸福の敷居は低すぎるわよ!一般水準をはるかに下回っているわよ!

「その天国みたいな環境は、誰が懸命に働いているおかげなのよ?

これ以上子供はつくりません。私が稼いでいるんだから、私の方に決定権があるんだからね。」

私がぴしゃりと言ってのけると、亨は苦虫を噛み潰したようないやな顔をした。

「うわっ、いやな言い方~。

俺、ガキの頃から嫌というほど親父からそうやってどやされてきたんだ。

お前は誰のおかげでメシが食えると思ってんだ~ってな。」

「そ、そんな。」

「俺だって、掃除、洗濯、食事の支度、子供の面倒、家事全般は一手に引き受けているぞ?

お前が疲れて帰ってきてすぐにメシとフロが用意できているのは誰のおかげですか?

なにも俺は一日中家でグータラしてるわけじゃないぞ?

それがわかってるなら、そういう言い方やめてくれよ。」

「それは…そうだけど…」

そうだった、私も子供の頃、幾度となくこんな光景を目の当たりにしていたのだ。

母はいつも言っていた。

「家事だって楽じゃないんだから。」とか

「私の大変さお父さんはちっともわかっていない。」とか

「仕事が忙しくてお父さんは子供のことはすべて私に任せきりなんだから。」とも。

そんな時、気分は俄然私は父よりも母の味方だったっけ。

(お父さんて、男の人って、お仕事が忙しくて、お母さんのこと、家庭のことに、理解がないんだ。)

ああ、これは母が幼い私に擦り込んた原体験。

「お母さん、お父さん頑張ってるんだよ。」

春子が小さな拳をギュッと握りしめて必死に抗議する。

「は、はるちゃん・・・。」

「今日は春子の学校のPTAのお仕事もやっていたし

お父さんが、なっちゃんのためにつくったお芋さんのご飯もすごくおいしいでしょ?

なっちゃん、すっごく喜んで、お代わりもしたんだよ。」

「よしよし、春子は優しいなあ。」

春子の頭をなでる亨。

「春子はお父さんのことだーいすき。」

な、なんだろう、この疎外感は。

「よっし、お父さんはなあ、春子のためにもお母さんがその気になるようがんばるわ。」

物のわからぬ子供を味方につけて俄然はりきる亨。

ちょっと、これ卑怯じゃない?

大体産むのは私であってお父さんじゃないんだから。

お母さんは、これ以上子供なんて考えられません。

考えられる状況じゃ…ないのよ。

 

<つづく>

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