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「七戸先輩!やっとお昼ですね!うちもうお腹ペコペコ!

梅鉄さんて、どうしていつもあんなに配色にうるさいんでしょうかね。

そうだ、取引先から頂いた『お花畑牧場の甘々プリン』が冷蔵庫にあるからあとで

みんなで食べなさいって、さっき社長が・・・あれえ?先輩大丈夫ですか?疲れてます?」

午前の仕事がずれ込こみ、すっかり人がいなくなった静かな食堂で

もそもそと呆けながらお弁当を食べようとする私の顔を

にぎやかな4歳下の後輩、三上さんがのぞき込む。

「うん、ちょっとね。」

「やっぱりあの件ですね?いきなり営業に転属って、

それも社長をすっ飛ばして会長の独断とか

この会社、どうなっているんでしょうね。」

ああ、そうだった、その件もあったのだ。

職場でも家庭でも我が行く道は平坦にあらず。

悩みは、粉雪のように降り積もる。

「ねえ、三上さんはどう思う?あのね、昨日うちでこんなことがあったんだけど…」

普段、職場の人間に家庭のことは話すことのない私だけれど

今日は無性に誰かに意見を聞きたくなって、口にする。

「へええ!3人目がほしいと、なるほどぉ。七戸先輩の旦那さんて子煩悩なんだ。

それに言うことも、すっごくユニーク!

同じ屋根の下で一緒に住んでいて、退屈しなさそうですね。」

そう彼女は興奮気味に答えるのも、

「でも、これは七戸先輩の判断が正しいですよ。」

「やっばり、そう思う?」

「そりゃそうですよ。 」

彼女は、頬杖をつきながら淡々としゃべり始めた。

「子供は産んだら産みっぱなしというわけにはいきませんし。

大人になるまで育て上げる労力と金額を考えるとためらうのは当然ですよ。

今時、産めよ、増やせよ、なんてそんなの時代遅れもいいとこです。

それは、家庭だけじゃなくて会社にも言えることで

考えなしに事業を拡大して結局、経営破綻を招くなんてよくある話ですよ。」

うんうん、なるほど。

三上さんの言うとおりだわ。

やはり私がしっかりストッパーとなって家庭を守っていかなくては

我が家だって「貧困」に陥らないという保証はないのだから。

さらに彼女は続けた。

「ああそうだ、ほら、ここの会社だってうちらが入社する前、

あの爺さんが周囲の反対を押し切って他の事業に手を出したあげく

大穴開けて撤退、かなりの損害を被ったっていう噂じゃありませんか。

そのあおりを食らって、リストラされた当時の社員やパートさんのことを考えると

うちは同情を禁じ得ないっつーか。

ね?無理な家族計画、無謀な会社経営は誰も幸せには…」

「ああ?無謀な会社経営がなんだって?」

気がつくと食堂の隅で静かに腕を組み静かにこちらを睨む会長のお姿が!

ギョッとする私達!

「ぶはっ!ごほっ!か、会長!いつからそこにいらっしゃったんですか!!」

「つい今しがた、だ。七戸に用があってどこだと聞けばここだと言うので、な。」

会長の、ゆっくりやんわりとした口調に私達はさらに青くなった。

「そうでしたか!これは失礼!それでは私はこれにて失礼いたします!!」

慌てて食堂を飛び出す三上さん。

そして私は取り残され、会長と二人きり。

ああ、これは気まずい。

「あのう、私に何か。」

「…我が社は病院の診察券からスーパーのポイントカード、

はてはパチンコのプリペイドまであらゆる磁気カードの製作を幅広く扱っとるよな。

だがこういったカード類のⅠT化は時間の問題じゃ。

磁気カード市場が縮小するのは必至、これも時代の流れ、しょうがないことだが

そうなる前に何かしら手を打たねばと儂なりに命がけで挑んだ試みだったんだがなあ。」

「……。」

「さて、それはともかく、あんたの件な、社長から了承が出たぞ。

七戸本人がそこまでやる気がなら、やらせてみてもいいんじゃないかとよ。」

そこまでやる気があるならって、もしかしたら

それはかなり湾曲して社長に伝わっているのでは?

「そこまでやる気があるからと言われましても、私は別に希望していたわけでは。」

「あんたのいかんところはそこじゃ!そこ!」

いきなり怒りを爆発させ、テーブルの上に手をつき、

ギリギリと歯を鳴らすその姿はまるでお猿さんのようだわ。

ぼんやりとそんな失礼なことを考える私に容赦なく厳しい言葉が続く。

「こうして、目の前にチャンスが転がってきたのならしっかりそれを受け止めんかい!」

「そうおっしゃられても・・・なにぶん営業なんて私は未経験ですし

それにこれまで営業に女性は存在しなかったわけで

ロールモデルが存在しないというのは未熟な私には実際色々と難しいことが。」

「自分が未熟と自覚するのはええこっちゃ。

そういう人間は自分の本当の実力が

こんなもんじゃないということもわかっているからな。

これまで女性の営業がおらんかったのは、

儂が女性の営業を登用するのに気乗りせんかったからだ。

だが、あんたの得意先との打ち合わせや、電話対応を見ていて儂も気が変わった。

あんたは人当たりが良いし、対応も的確だ。

それについては、息子…いや、社長からも

言っていることが以前と違うと嫌味を言われてしもうたわ。

ったくあいつもいちいちいらんことを言う。

ええか、七戸、これはあんたにとってもチャンスということを忘れんでくれ。

これからは困ったことがあったらなんでも儂に言って来い。

儂はあんたの味方やで。いいな?」

テーブルから会長のブルブル震える手の振動が伝わってくる。

いまさらだが、あらためて理解した。

私はこのワンマンな老人の意向に従うほか道はないのだ。

それこそ亨の「3人目がほしい。」という意向以上にこれは強力だわ。

 

<つづく>

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