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「おおう、あそこ見ろよ友紀乃、美人がこの寒空のなかミニスカ

太もも丸出しにして横断歩道渡ってんじゃん。」

「んん、そうなの…。」

喫茶店で私はステッカーの見積もりの計算に忙しく、

しかしそんなことはおかまいなしに向かいに座る亨はどうでもいいようなことを延々と話しかけてくる。

「お、あっちの姉ちゃん顔はかわいいけど、おっさんみたいなジャケットだな、ビミョー。」

「んん、亨ちょっと静かにしてくれる?」

「お、おう。」

亨はしばらくはおとなしくしてくれているが、やがてまた話しかけてくる。

「お前さあ、家業の仕事、そんなに楽しい?」

「嫌いじゃないよ、よそでバイトするよりお金になるし。」

友紀乃は金の亡者すか。

フツー俺たちのような歳頃の若者は青春を謳歌してるってのに

お前はそんなに小金溜め込んで何に使うわけ?」

「大学の学費。」

「たはっ!お前は進学するんかい。俺は就職するぞ。」

「亨は仕事がしたいの?」

「学費払ってベンキョーするより仕事している方がいいだろ、金になるし。」

「亨のほうが仕事と金じゃない。」

「俺は仕事や金よりずっと大切なものがあるぞ。」

学生時代のなんてことない亨とのヒトコマ。

 

あれから10年、実家に向かって小走りの私はなんだってこんなことを思い出しているのだろうか。

自宅から両親の実家まではそう遠いわけでもないのに今夜はやけに距離を感じる。

こうしていると、真っ暗な迷路をひとり走り続けているような気分。

亨の奴め!亨のくせに!

あいつはいつからあんなに脳天気でおめでたい人間になったんだか!

子供の頃のあいつは、私よりチビで痩せっぽっちで、ひねくれていて、

学生時代なんて私に振られていじけて涙目だったっていうのに。

夜道で私が走る足音だけがたかたかと響き渡る。

 

「おおう、久しぶりだなあ、雪紀乃元気しとったか?」

「ゼイゼイ、お、お父さん久しぶり。」

「なんだ、お前もやっぱり来たか。」

肩で息する私を尻目に、父と亨はすでにほろ酔い加減のようだ。

男共ときたら、まったく結構なご身分なこと。

「まあ、お前もここに座って飯でも食え。遠慮はいらんぞ。」

亨は当たり前のように台所に立ち味噌汁をよそい

鼻歌を歌いながら冷蔵庫から刺身を取り出す。

まるで我が家のごとくこなれた態度だけれど、ここは私の実家…。

「おーい、春子、奈鶴、お母さんも寂しくておじいちゃんちにやってきたぞう。」

「えっ、お母さんも来たの?ほんとだお母さんだ!」

「おかあさんも、ジイジのおさかなたべうー?」

春子と奈鶴は、ぱたぱたと走り寄り私に抱きついてきた。

「はるちゃん、なっちゃん、ご飯たべた?父さん、母さんは?」

「母さんはなあ町内会の会合でな、じき帰ってくるわい。」

「そう、亨ちょっと話があるんだけどいいかしら?」

さて、この脳天気亭主に少しばかり考えを改めて頂くにはどうすればいいかしらね?

 

 

〈つづく〉

 

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