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「友紀乃喜べ! お義父さんがな毎月二万援助してくれるってよ。」

第一声から亨の言葉は、勘に障るったらありゃしない。

私のいない間に、人の良い父に何を吹き込んだのやら。

父も父だわ、亨に甘いったらありゃしない。

「援助ってなんの援助なのよ?」

10畳ほどの私のかつての仕事部屋で亨と二人きりで向かい合う。

この部屋にはステッカーをつくるためのカッティングシートや

プロジェクターがまだ残っている。

そう、私は学生時代、祖父が塗料の販売と併用ではじめた

車の切り文字のステッカーづくりを見よう見まねで受け継いでいたのだ。

祖父の時代はカッターひとつ、職人技でひとつひとつつくりあげていたをものを

私は文明の利器、業務用出力器具プロジェクターを使い

祖父の半分以下の労力でこの仕事を仕上げる事ができたのだ。

おかげで学業意外はすべてそのために時間と労力をつぎ込むような

地味な青春だったけれど、とても充実していた。

「いやだからさ、俺3人目がほしいって言ったら

お前うちにはそんな余裕はないって言ってたろ?」

それですか。

「亨、あのねぇ、子供ってものはね、親が自分達の力

育てられる範囲内で産んで育てるものじゃない?」

「お前は真面目で自分の大学の学費だって、

自分で稼ぎ出すような女だったから、そういうことに抵抗があるかもれんが、

時には人様の善意をありがたく頂戴することも必要だぞ。

甘えたい時分に親はなし、ってよく言うだろ?」

それを言うなら、孝行したい時分に親はなし、でしょうに。

「お前の親父さんて、本当にいいひとだなあ。

このあいだもな・・・」

しみじみと語る亨の言葉を遮って私は声を荒げる。

「亨、働いて頂戴!」

「は?俺、働いてるじゃん。掃除、洗濯、炊事、買い物、菜鶴の幼稚園の送り迎え、

春子の勉強もみてるし、PTAや町内会の会合や行事にも俺は熱心、

マンションの草むしりだって休んだことないし、

ママさん同士付き合いから近所のボランティアまで・・・」

「それ、お金にならない労働ばかりじゃないの。」

「だからこそ俺の労働は尊いんだよ。

金をとるようになったら、俺の専業主夫としての生き方に傷がつくじゃん。」

「専業主夫という生き方に傷がつく?なによそれ?」

「つまり『専業主夫』って俺にとっては生き方そのもの?

いわゆるオリジナルブランド?みたいな?」

「はあ?」

「金にならない労働ほど美しく尊いものはないんだよ。」

イラッ!

「何を寝ぼけたことを!もう!

そういうことはきちんと自分で収入を確保している人間が余暇でするものじゃないの。」

「余暇なんて、んなもん就職しちまったら身体を休めるためだけの余暇にしかならん。」

「とにかくはじめはフルタイムでなくてかまわないから働いて頂戴。

少しでも亨にはお金を稼いでほしいのよ。

これから先、もし私の身に何かあったらどうするの?

やっぱり家族で働き手が私ひとりというのはリスクがあるのよ。

でないと、私はこれ以上亨とはやっていけない、離婚させていただきます。」

しまった、これは早計だった。

『離婚』という言葉を出していいのは、本気で『離婚』を視野に入れた場合だけ。

いえでもこれぐらい強気に出なければ、亨は私の言うことに耳を貸さないだろう。

ここはひとつ、冷水をかけさせてもらうわよ!

「おおーい、おいおい・・・我が家はこんなにも順風満帆だっていうのにどうしてそうなる?」

うっ、なにその予想を反した、呑気な反応は!?

しかも、我が家は順風満帆ですって!?

私と亨の感覚、というか現状認識は、どうしてこんなに隔たりがあるのだろう?

「なんかお前、ちょっとヘンだなあ。」

「何がヘンなのよ?ちっともヘンじゃないわよ!」

「なあ、友紀乃、お前ひょっとして今仕事うまくいってないとか?」

ギクリ!

「なっ・・・ど、どうしてそんなことを。」

「だってお前、学生時代からそうだったじゃん。

ステッカーの注文が順調で忙しくしてるときは、俺が何をしようが何を言おうが

ああそう?とか、ふーんとか、ちょっと黙ってとか、そんなのばっかで、

俺に全く興味を示さなかったろ?

そのくせ取引先と話がこじれたり、ステッカーの仕上がりがイマイチだったりすると、

腹立ち紛れに俺のやることなすこと、いちゃもんつけてよく八つ当たりしてたじゃん。」

「そ、そうなことないわよ!そんなこと・・・そんなこと・・・そ、そうだったっけ?」

「あ、図星ですか。」

 

〈つづく〉

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