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「金は返す!だから先日ここで売り払った品を返してくれ。」

「も、申し訳ありませんが角田さん、あなたがこのお店に持ち込んだ品はここにはもうないんですよ。」

「そんな!あんまりだ!!」

そう言われましてもあとの祭り、同業者の田所さんが買い手の目星があると持ちだしてしまったのです。

「ああ、私は愚かだった。どこの馬の骨とも知らぬ霊能者などという触れ込みの女の言葉に惑わされ

あれほど父が大切にしていた所蔵の品を手放してしまうなんて、あの時私は正気じゃなかったんだ。

こんなことはあってはならない!私は亡き父に何と詫びればよいのか。」

角田さんは以前にもまして頬は痩せこけ目は血走り全身で絶望を醸し出しているではありませんか。

さすがにこのハタ迷惑なお客さんが少々気の毒に見えてきました。

もっとも、古物取引承諾書にサインをいただき精算が完了したのだから品物をお返しする義務は生じません。

そうだ!田所さんに渡した例の古文書、もしかしたら売れずに持っているかもしれない。

だとしたらまだ間に合うかも?

すると虫の知らせか、帳場から電話のベルが!

パタパタと帳場に駆け寄り受話器を取るとやはり田所さんからです!

「田所さん、ちょうど良かった!今、こちらから連絡しようとしていたところだったんですよ。

先日、お渡しした例の古文書ですが。」

「おお、それよそれ、例の古文書な、聞いて驚け!高値で売れたど。」

田所さんの喜びに満ちた声と裏腹にすずーんと胃が重くなる私。

「うわあ、売れちゃったんですかぁ、売れちゃったんですかぁ。」

「なんじゃ、その反応は?」

「じ、実は今、持ち主さんから返して欲しいとせまられていまして・・・」

「ああん?そりゃ無理だなあ。それより37冊しめて264600円、わしとあんたで折半な。」

「に、にじゅうろくまん・・・あの数字の羅列だらけの古文書にそんな価値があったなんて!」

「正直、わしも驚いている。」

その価値のわかる顧客に品物を持ちこむ田所さんの営業能力だって普通じゃないわ私はびっくりですよ。

もしかして田所さんてやり手なのかしら?

ああ、喜びたいけど、手放しで喜べないこの状況、美影依子は大ピンチです。

私は受話器を手に持ったまま、のろのろと角田さんに事実を伝える。

「あのう、大変申し上げにくいのですが、先日お持ちになられた品は買い手がついたそうで・・・ご容赦ください。」

「あああああああああ!」

落ち武者角田さんの地獄の底から湧き上がるような声が店に響き渡る。

「これをどう容赦しろというんだ!あんたは、そうまでして金儲けがしたいのか!

呪う!呪ってやる!!この店ごと呪ってやる!!」

ひぃ、そんなご無体な!

古本屋を開業して以来、軽く見られたりバカにされたり怒られたことは数多くあれど

呪われるのはさすがに前代未聞だわ。

私にはもう、この不安定な心を持った角田さんを納得させる術はなさそうです。

そこへ、受話器越しに田所さんの声が。

「おおい、美影さんよ、元の持ち主が今そこにおるんか?だったら代わってくれい。

新しい持ち主がひと言、礼が言いたいそうな。」

「ええ、今、田所さんのそばにいらっしゃるんですか?」

ああ、もうどうなったって知らないんだから!

私は角田さんに無言で受話器を突きだす。

「もしもし、初めまして。私、磯野満史と申します。

いやあ、驚きました!これほど正確な武家の収支帳を手にすることが出来るとは

不覚にも・・・うっ・・・涙が出てきた次第です。

わあ、受話器越しから内容がはっきり聞こえるほどに張りのある大きな声だわ。

「・・・・・・。」

角田さんも一瞬、相手の勢いに飲まれてしまったよう。

「武家社会はこういうものを士道不覚悟、世間体が悪いといって残したがらないものなのですわ!

そもそも収支を記すという発想すら持たないものでありまして、いやはや、あなたのご先祖は大したものです!

そしてあなたも!この古文書を手放すに至っては相当な事情と覚悟あってのことだったのでしょうね。

心中お察しいたします。」

「あ、いや。」

角田さんは、もごもごと口ごもる。

「しかし、ご安心めされよ!私はプロの歴史研究家の名に懸けてこの武家文書から

時代の事象とその因果関係を明らかにし幕末武士の生活を明確に浮き彫りにしてみせます。

角田さんの体がブルブルと震えだす。

「バカな!あ、あの古文書は単なる収支帳、つまり数字の羅列、記録でしかない。

そこからあの時代に生きる武士の生活を浮き彫りにしていくなんて、え、絵空事も甚だしい。」

「もちろん、それは容易な作業ではありません。

しかし、ここまで長期に渡り、細かく記された収支帳と巡り合えた。

私は運の良い!それに応えるべく必ずやり遂げてみせますぞ!」

うわあ、この学者センセ、すっごくハイテンションでポジティブだわ。

もともとそういう人なのかしら?

それとも、角田さんがもたらした古文書がそうさせているのかしら?

「・・・わかりました。どうやら私の先祖が残した古文書はしかるべき人間の元に渡ったということか。

貴殿の研究がなし遂げられるよう私も祈っております。」

角田さんは静かに受話器を置いた。

どうやら落ち着いてくれたみたい。

「良かったですね、角田さん。うんうん、これで良かったんですよ。」

心からの言葉を角田さんに送ると、彼はそっけなく

「・・・小娘の分際でわかったような口をきく。」

そう言い残して静かに店を立ち去って行きました。

「・・・・・・。」

うわあ、出たよ、出ましたよ「小娘の分際で」ですかあ。

ムギュッ!

私は、はやく、年を、重ねたい、です。

そうすればこんな私にだってもう少し力のある言葉と年季の入った説得力でもって

状況を自力で凌いだに違いない!

ああ、私は老婆になりたい。

 

「背丈の高い男性に力一杯どやされるたんですよ!?寿命が縮むような思いでしたよう!

・・・でも、心の不安定な角田さんの弱みに付け込んで私達はお金儲けしちゃたという側面も否めないわけで

そこはいまだもって気が咎めるんですよね。」

後日、心の内をもらす私に田所さんは事もなげに答える。

「美影さんよ、古本屋の使命は知的財産や歴史的資料がゴミと化すのを水際で食い止め

社会に再び有効活用させることにあるとあんたも言ってたろ?

だとしたらわしらは十分その役目を果たしたといえる。

それにふさわしい対価をいただくのは当然のこと。結果オーライ、オーライよ。」

「まあ、調子のいいこと言っちゃって。」

そう言いながら私もまんざらでもない気分で柿茶をすすった。

 

<おわり>

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