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「美影さん、この本はもっと高値をつけても良かろうに。」

先輩同業者、田所さんはあきれ顔。

「そ、そうでしょうか?」

私は気の抜けた炭酸水のような返事をするばかり。

「あちゃー、あそこの本をそんな値段で買い取ってしまったんかい。

あんたいったい何を基準に本の価格を決めとる?」

「あー、ええと・・・パッと目を通した時の印象というか直感というか

この本はうちの店の雰囲気と合っているなーとか、あとは本のキズやヤケとか状態を見て。」

「美影さん、あんたそんな訳のわからんカンやセンスにばかり頼っているとそのうちヒドイ目に会うぞ?」

「は、はい。」

「自分の店の個性でこれが売れるか売れんは傾向として確かにあるが、あんたの場合はそれ以前の問題じゃ。」

「ご、ごもっともです。」

「はっきり言ってあんたはまだまだ勉強不足!!ワシが先週渡した目録帳、目を通したかい?

今時本の価格なんざネットでわかろうものだが土地柄や客層ででも大きく変化があってだな・・・」

「そのう、忙しくてつい」

「それに加えてあんたは努力不足!商売じゃなくてゴッコで終わらせる気かい!」

「あわわわわ。」

 

徐々にお店の本が良い感じに回転するようになった今日この頃

おかげで私の生活費ぐらいはお店の売り上げで捻出できるようになりました。

もちろん贅沢する余裕はないし外食をしたりあれこれお洋服を買う余裕なんてありません。

でも、私はもとからあまり無駄遣いはしないし見栄にお金は使わない性分なので全然平気。

私がこのお店をはじめた一番の目的、『会社に雇われずひとり自由にやっていく』

それはかろうじて達成できているのです。

とはいえお店の経営状態は相変わらずで吹けば飛ぶような古本屋であることにはかわりありません。

そこで茶飲み友達、多恵さんのご紹介で古本屋の先輩同業者、田所さんに

あれこれご教授いただくことになったのです。

しかしいかんせんこの田所さん、面倒見がよく有り難い反面かなり口うるさいというか

今日も朝からうちで扱わない本を引き取ってもらもらいに来たついでお説教になり、

私もなんだか途中までまじめに聞いていたもののそれもだんだん面倒になってきました。

私はもともとお説教とかアドバイスというものがあまり好きではないのです。

とはいえ普段これだけお世話になって人を追い返すことも私にはできません。

しかたなく田所さんのいかつい顔に付いている左目の泣きぼくろとか

フサフサの眉毛だとかを観察し始めた頃、入り口から声が。

「・・・・・・父さん、まだ?」

学生風の目鼻立ちの整った男の子がひとり。

ああ、助かった、神の助けがここに。

「あらあら、まあまあ、息子さんを待たせていたんですか。」

さあ、君、お父さんを連れて帰ってちょうだいね。

「おお、勇一こっちに来い。今度大学生になるわしの息子だ。」

「・・・どうも。」

「はじめまして、美影依子です。お父さんにはいつもお世話になっています。」

彼は一瞬、目をしばたからせて私と田所さんを見比べそうして私の方にまっすぐ向き直し頭を下げた。

「・・・・・・田所勇一です。」

彼はあまり表情豊かな子とは言えず心の動きが私には読み取れない。

でもすごく目鼻立ちは整っていてかなりのイケメンだ。

田所さんに全然似てないじゃない!ということはお母さん似なのかしらん?

「コイツは滑り止め儲けずにあの〇〇大学を一発でキメおってな。

まあ、わしが言うのもなんだがなかなか勉強のできるヤツでなあ。」

またしても関を切ったように話しはじめる田所さん。

うっく、どうやら今度は私へのお説教からご自分の息子自慢にシフトされた模様。

田所さんて、ひょっとしたらかなり子煩悩?

ふと私は目線を移した先を見てギョッとする。

息子の勇一君がお店の一番奥側の本棚をジロジロと見ているではありませんか。

そ、そこは唯一釘打ちに失敗したところで歪みがあるところ。

適当にごまかし隠しているものの彼はそこの部分が気になるようだ。

ちょっ、ちょっと、恥ずかしいから見ないで!そ、そこは触らないで!

そんなことはお構いなしに彼はコンコンと本棚を軽く叩いて

確かめるように本棚にツツツ・・・と手を沿わせる。

その瞬間私の背中にゾクゾクゾクーッと悪寒が走った。

ああ、私にとってこの本棚は私の作品であり私の分身なんだ。

看板やポスター帳場の机、玄関の籐のカゴそのどれもが私の手作りなのだけれど

この杉板の本棚は私にとってなにかものすごく特別なものらしい。

「そ、そこは立て付けが悪いので触らないでください。」

カツカツと彼の元に駆け寄り彼の手を本棚から払いのける私。

無表情の彼はまたもや目をしばたかせた。

ああ、なるほどわかった。

この子は驚くと目をしばたかせるんだ。

「ああ、すいません、そんなつもりはなかったのですが」

そんなつもりってどんなつもりだとこの子は思ったのだろう?

「いえ、こちらのほうこそ、ゴメンナサイ。」

もしかしてこの子は私の心が読めるんじゃないのかしらん?

大人げないとわかっていながら私は今この子が苦手だなと感じている。

真っ赤な顔をした私と困り顔の勇一君。

田所さんだけが訳もわからず首をかしげていた。

 

「ねぇ、多恵さん、私が思うに世のイケメンという人種は

すべからず無神経で性格が悪いと相場決まっているものなのよ。

彼らが思い上がらないように何かハンデを付けるべきだと思うのよね。」

その日の夕方、ひょいと顔を出した多恵さんに腹立ち紛れのイケメン論を披露する私。

こんなのんきに茶飲み友達と雑談ができるのもこの時間帯はお客さんが全くこないからなのです。

まったく困ったものです。

「ほう、それがあんた流のプロレタリアートかい。」

「はい?」

「あんたの理屈は世の金持ちはすべからず無神経で性格が悪いと言ってるようなもんさね。

だから金持ちから税金をたっぷり徴収してやれってこったろ?

その考えにはあたしゃ賛成しかねるね。

イケメンや金持ちの方がよっぽど心に余裕があるってもんさ。

そして男ってのは余裕が大切なんだよ、余裕。

税金を徴収するのはいわゆる社会貢献てヤツさ。」

「それが多恵さんの富裕論ですか。」

「イケメン大いに結構じゃないか、まあ、あたしゃ甲斐性があるほうを取るけどね。

あんたは金持ちの嫁になりたいとか愛人願望はないのかい?」

私は口を尖らせながら答える。

「左団扇でゴロゴロ寝て暮らせるならそれも悪くはありませんね~。

けどお金持ちのお嫁さんにはお金持ちのお嫁さんなりの義務と苦労ってものがありますよ、きっと。

愛人さんも捨てられないよう相手の顔色を伺って生きていかなきゃって考えると

私にはそういうのハナから無理です~、私は空気の読める人間じゃありませんもの。」

「そうだろうねぇ。」

何がそんなにおかしいのか多恵さんはカラカラと笑いながら私の自家製ドクダミ茶を飲み干す。

「で、どうだい?田代さんに助けてもらってるかい?あれはなかなか面倒見がいいだろう。」

「ええ、うちでは扱いにくい本を引き取ってもらったり、色々教えてもらえてとても勉強になります。」

「よかったねぇ、どうやらあんたは田所さんのお眼鏡にかなったようだ。

あの人はこれはと決めたら面倒見の良い人だから。」

お眼鏡にかなったというよりは目を付けられたという表現が正しいと思うのは気のせいでしょうか?

「ただちょっと、話しはじめると、そのう、長い人で・・・」

「そうなんだよねぇ!しかもお節介が多いし!まあ、そこは必要経費だと思ってあきらめるんだね。。」

「今日は息子さんを連れ立っていましたよ。」

「ほう?」

「しゃべりはじめたら止まらないお父さんとは打って変わって物静かな息子ですね。」

「それに顔つきもあまり似てませんし。」

ああ、また先刻のこと思い出して恥ずかしさにきゅうっと胃が痛くなりそうな私。

「それは仕方がないさねぇ。あそこは血がつながってないんだから。」

「あ・・・・・・」

多恵さんの言葉にギクリとする私。

「ここいらじゃ周知の事実だよ。」

「そうだったんですか・・・でも、そのう、すごく仲が良さそうな親子ですね。」

「田所さんは、不器用だけどああ見えて情の深い人でね。」

そういえば息子のほうはあんたと少し似ているねぇ。」

えええ?

「似ている?似てないでしょう。

私とあの子とどこが似ているんですかあ?」

「ひょうきんで年寄りくさいところ。」

年寄り臭いというのはわかるような気がします。

「でも、あの子、ひょうきんなんですか?」

こ、これは意外だわ。

「外ヅラだけじゃわかりにくいだろ?

それにあの子はいい子だよ、あんたも、それに田所さんもね。」

「・・・・・・。」

 

私はその晩、ついついこれまで避けていた田所さんの目録帳にはじめて目を通すのでありました。

 

〈おわり〉

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