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二ノ宮加代。

彼女に最後に会ったのは7年前の夏。

突然なんの前触れもなく呼び出されたのだ。

東京表参道のブティックを中心に高級店が建ち並ぶ一帯

本来そこは古書店が存在するような場所ではなかった。

そんなところになぜ二ノ宮加代は店を構えたのか?

(なぜこんならしからぬ場所に古書店を?とよく訪ねられるので

そのたびに私は古書になじみのない人達にこそ親しんで欲しかったからですと答えているけれど

本当はそれだけじゃなくて大金を落としてくれそうな人達が行き来する場所に

お店を構えてみたかったのですよ。

お商売をする以上、最低限銀行から融資が受けられる程度には稼がなきゃ意味がないでしょ?)

彼女の言葉はいつも現実的かつ実践的だ。

古びたモダンアパートの2階にあがり店に足を踏み入れると

とたんに流れる空気とたたずまいが変わる。

置かれている本たちは古本ならなんでも置くというものではなく、

戦前の文芸書、プラハやパリで買い付けた写真集と刷り物、絵はがき、包装紙、カタログ。

古びた紙で出来ていて20世紀初頭の色で染め上げられたものが選ばれ

本があったとしてもそれがたまたま本という形態をとっているに過ぎないと店全体が主張している。

これが二ノ宮加代のセレクトか。

彼女はちょうど買い付けた本を本棚に運んでいたところだった。

本を扱う仕事は見かけによらず重労働だ。

「本てのは、まとまった量になるとけっこう重いじゃろ?」

おっと、さらぬ神に祟りなし、とくに二宮加代のような気の強い女には言葉に気をつけねば。

(本好きの女性は珍しくないが古書を扱う仕事は女性には難しかろう。)

かつてイベント会社を辞めて古書店をはじめたいと彼女から相談を受けたとき

そんなことを口にして彼女をすこぶる怒らせたことを思い出す。

実際当時の古本業界は全くの男社会だったのだ。

彼女ほどの実績のある人間ならなにもわざわざこんな業界に飛び込まずとも

他にもっと自分の資質を生かせるような道があるんじゃないかと言ってやりたかったのだが

言い方がまずかったらしい。

「まあ、田所さん。」

そんなかつての確執などなかったかのように彼女はパッと顔を明るくさせた。

長い黒髪をひとつにまとめロングスカートの女性。

彼女の親しげな笑顔が社交辞令とわかっていても

美人にこんな顔をされて嬉しくないわけがない。

「大丈夫ですわ、こう見えて学生時代からバレエで身体は鍛えておりますから。

それに身体を動かしている方が気が楽という時もあります。

東京にいらっしゃっていると聞いて矢も楯もたまらず

・・・・・・急にお呼び立てして申し訳ありません。」

「いや。」

「さっそくですが田所さんに見ていただきたいものがありまして」

彼女は目の前のテーブルに置いたのは一冊の目録。

「私が直に手掛けた全四十二ページ、オールカラーの『仙花紙専門の目録』です。

この目録をつくるのに70万かけました。

古書店を営む私の最後の言葉、遺書となるかもしれません。」

「物騒なことだなあ。」

「ふふ、だから私、ぜひとも田所さんの見解をお聞きしたくてずっとお待ちしていましたのよ。」

聞くより早く手が伸び中身を改めさせてもらった。

仙花紙とは、戦後の物資不足のなか弱小出版社が、速成で出版した安っぽい雑誌のことを差す。

古紙などを漉き直した再生紙で劣化しやすいため、現存しているものは状態が劣悪で

内容も戦前に出た本の焼き直し、エロ小説、たいしたものなどほとんどない。

それをわざわざ取り上げようとする二ノ宮加代の意図がすべてを見終わる前に理解できた。

「仙花紙専用の目録なんぞわざわざつくろうなんて人間をわしゃこれまで聞いたこともない。

だがカラー表紙に刷り込まれた、色の悪い、古びた仙花紙があんたの手にかかると美しいな。

この目録帳は目録本来の機能の高さを踏み超えて美術書としても高いクオリティを持つ

前代未聞の驚異の目録帳と言っても良いだろう。」

「ふう・・・ありがとうございます。」

彼女は緊張を解きテーブルに両手をつく。

「あんたがこの仕事を続ける上でこの自家製の目録帳がはっきりとした方向性を示しとる。

しかし、それが世間に受け入れられるかどうか出してみなければなんとも。」

「ええ、ええ、わかっています。」

彼女の手がブルブルと震える。

「もしこれでダメなら古書店は畳みます。

私は世間のあいだに決定的なズレがあるということですからこれ以上この仕事は続けられません。

3年間店の売り上げはずっと低迷状態でした。

揺れる海面に漂い流され、沈みはしないものの息つぎするのも一苦労、

こんなはずじゃ、本当にこんなはずじゃなかったのに。」

「たった3年で、そこまでやふれかぶれにならんでも。」

「だって、いくら好きではじめたといっても実益を出せないのなら

欲しい商品が目の前を通りすぎてもあきらめなければならない!

新しいことだって出来ない!

どんどん自分がしぼんで行くようで私は耐えられません。

やめるなら、せめて最後は自分のやりたいことをやって終わりたい。

だからこれは私の遺書、なのです。」

 

 

「そ、それで、どうなったんですか!?」

柿茶を入れた美影依子の手がプルプルと震える。

「どうしたもこうしたもその『仙花紙本特集』は出版されてあとはあんたも知っての通り。」

「あのう、私、ぜんっぜん知らないんですケド。」

「ああ!?あんたもこの業界の人間だろうが!

二ノ宮加代のオールカラー『仙花紙本特集』ぐらい知っとけ。」

「じゃあ、成功されたんですね!」

「今じゃ、渋谷、南青山と店を構えて古書のみならずイベントまで手掛けて忙しくしとるよ。

雑誌のインタビューで、『仙花紙本特集』ですか?

もちろん勝算はありましたわとかエラソーに言っとったぞ。

全く調子のイイい事と言ったら、あの頃の泣きっ面を写真に撮っときゃ良かったな。」

「ところで田所さんはその二ノ宮加代さんて人とつきあっていたんですかあ?」

「な、なんでそうなる?」

「だって~、」

「つきあってなんぞおらん、二ノ宮がイベント会社に在籍していた頃一緒に仕事してた程度の間柄じゃ。」

「でも二宮さんは田所さんのことが好きだったんですよ、きっと。」

「彼女はきっと愛する田所さんに自分が古書店を営む上で

最後のお仕事になるかもしれない目録帳を見てもらいたくてわざわざ呼び出したんですよ。」

「おいおい。」

「私わりとこういうことにはカンが働くんですよねぇ。」

「・・・・・・。」

「それに気付かないなんて田所さんも罪な人です。

女心ってものがわっかってないんだから。」

「じゃあ聞くが、」

「こんな本棚つくりました、田所さんの感想が聞きたくて~とか言うあんたは

わしの事を好いとるんかい?男として?」

「えええぇぇっ!!」

これには美影依子も面を食らったらしい。

「どうよ?」

「なっ何を・・・、ち、違う、違いますよ!」

くくく、焦っとる焦っとる。

「いやはや、わしも罪な男やのう。

あんたがわしの事をそんなに想ってくれていたとは、すまんかったのう美影さん。」

「ムギュッ。」

どうよ、グウの字も出るまい。

「やっだ~!私ったら何でもかんでも仕事仲間同士の間柄を

そんなふうに愛だの恋だのと邪推するなんて!

先ほどの発言は小娘の戯言としてお聞き流してくださいませ!」

「おうよ、わかればええ。」

 

あれから7年。

地方都市での古本屋の店じまいが相次ぎ古本はネット販売へと移行。

それと引き替えに増えはじめた古本店の女店主の出現がこの業界の客層を変えていった。

二宮加代はまさにその先駆者となった。

二ノ宮加代が目指していたのは『成功者』

わしに惚れていた

そんなことはあってはならん。

 

〈おわり〉

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