bsPEI85_magamagashiisora20150305092612昔あるところに少年がいた

昔あるところに少年がいた
少年は病にかかっていた
背中がわけもなく痛み
子供時代のほとんどを
布団の中で寝て過ごした

両親はとうに匙を投げ
ただ幼なじみの少女だけが
甲斐甲斐しく彼を看ていた
あるとき少年の背中が
いつにも増して灼けるように痛んだ

少年は激しい痛みに泣きわめき
少女も一緒に泣くしかなかった

やがて
少年の背中が破れた

痛みの消えた少年が正気づくと
皮の破けた背中には
大きな翼が生えていた
鳥の翼が生えていた
自由の翼が生えていた
痛みから解き放たれた少年は
大地からも解き放たれた

疲れ横たわる少女に
翼の美しさを見せびらかそうと
揺さぶり起こして驚いた

痛む背中に気を取られ
知らないうちに変わっていた
少女の眩い美しさに
少年は少女を抱き上げて
力いっぱい羽撃(はばた)いた

疾風のように空を飛び
国中の空を駆け巡った

少年は悦しかった
少女も悦しかった
二人して笑い合うことができたから
二人して天使になれたから

 

しかし二人の幸福は
長くは続かなかった
少女が病を患った
眠ったまま起きなくなり
花のような笑顔を見せてくれなくなった

涙も流さなくなった
怒ることもしなくなった

少年が代わりに涙にくれ怒り狂った
一人では天使になれなかったから

拳で大地を殴りつけ
皮が破けて血が出るほど
大地を揺るがさんばかりに叩いたけれど
少女が起きることはなかった
少年は魔女に会った
少女を助ける術(すべ)があると
魔女は下卑た笑いを浮かべた

百万人の心臓が
あれば少女は起き上がると
魔女は高らかに笑った

少女をとるか世界をとるか
魔女は少年に選ばせた
少年は一瞬も迷わずに
百万の命を奪うため
灰色の空へ飛び立った
あるところに勇者がいた
百戦百勝の勇者がいた

ところが初めて負け戦
空舞う敵に手も足も出ず
竜の鱗を切り裂いた
勇者の剣はちっぽけな
果物を切るナイフに負けた

天使にそっくりな悪魔は
勇者の心臓をわしづかみ

まず一つ
とだけ言った

少年は死の天使になった
あるところに親子がいた
仲睦まじい親子がいた
幸せな幸せな親子がいた

でも死の天使には
心臓が二つあるのと同じだった

子供から心臓を奪い
怒り悲しみ泣き叫ぶ親を
可哀相だとおもったから
親の心臓も奪ってあげた
白い翼は赤く染まり
顔も赤黒く汚れたけれど

悪いことをしているなんて
死の天使は考えもしなかった

世界中の誰よりも
天秤にかける余地もなく
たった一人の女が大事だったから
死の天使の噂は広まり
国中の兵が集められた
一万の兵が集められた

それでも空飛ぶ死の天使
つかまえられるものはなく
一万の心臓が落ちているのと
何一つ変わることはなかった
いくら命を盗んでも
血と臓物で汚れても
白い翼が黒くなっても
綺麗な顔に蝿が集(たか)っても
瞳は少年のままだった

もうすぐあの子が起き上がる
嬉しくて嬉しくてたまらない
いとしくていとしくてたまらない

たった一つの心配事は
世界に百万も人間が
いなかったならどうしよう
そんなことだけ考えた
やがて百万の命が失われた
たった一つの命のために
たった一つの幸福のために
たった一つの愛のために
そして女は救われた
百万の犠牲と引き換えに

女はちっとも嬉しくなかった
彼女の命と引き換えに
愛するものが汚れてしまったから
愛するものが世界を敵にまわしたから

たった一つの愛が世界を滅ぼしかねないことを知ってしまったから
死の天使は憎まれた
世界中から憎まれた

それでも無邪気な死の天使
罪など微塵も感じなかった

女が再び目を覚ましたから
愛するものがいればそれでよかったから
女は石弓に矢を番(つが)え
銀色の砂浜の
夕日を背負って空を舞う
無邪気な悪魔を貫いた
愛するものを撃ち抜いた

百万の命をとった無敵の怪物
愛するものだけには無力だった

天使は翼を落とされて
潮騒の中に落とされて
灼けつく痛みがあったけれど

物言わず女を抱きしめた
この女になら何をされても痛くないのか
愛する他にこの女にできることを知らなかったのか
それは誰にもわからない
女は涙を流しながら
ボロボロボロボロ流しながら
愛するものをナイフで刺した

百万の命を奪ったナイフで
何度も何度も何度も刺した
愛してる数だけ刺した

天使の腹はあっというまに
挽肉と同じになった
そのくらい愛していたから
光を亡くした天使の瞳に
誰より愛した少年の瞼に
少女は優しくキスをして
虚になった目を閉じてやった

少女は血みどろの少年の胸に
いとおしげに頬を擦り寄せ
笑顔で自らの胸を刺した
愛するものを刺したナイフで

 

正義の怒りと憎しみで
悪魔を狩りにきた人々は
世界で一番罪深いカップルをみつけた
世界で一番幸福なカップルをみつけた

二人はやっと永遠に幸福になった
〈了〉

 

 

 

 

 

【ライター紹介】

青島龍鳴 男性

電子書籍を中心に執筆活動中。
既刊本に

「But the world is beautiu」、「眠太郎懺悔録」シリーズなど。

めさき出版SNSにて活動中。

独特の味わいをもつ文体だけでなく、ガラケーで小説を丸々書き切るなど、多分に個性的な一面を持つ。

 

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