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「あれは押入れの中じゃなかったかねえ。それとも二階の納戸の中だったかねえ」
 おばあちゃんは本当に探す気があるのか、それともボケちゃって、本気で分からないのだろうか。
 わたしがこんなに汗だくで、家中ひっくり返しながら大切なあれを探しているのに。のんびり抹茶オレを飲みながらあそこでもないここでもないと呟いている。
「そう言えばこの箱に入ってたこれも大事なのかい?」
 ボロボロのノート。おばあちゃんが何気なく差し出したノート。
 他の誰かにはまったく価値のない、鼻紙にすらならなそうなノート。
 そうだ、あれと一緒にこの箱に入れたのを覚えている。なのに同じ箱にあれがないなんてどうしたんだろう。
「おばあちゃんも同じ様な事したねえ。友達と沢山くだらない事書いてね」
「やだ!このノート、読んだの!?」
「読んじゃいないよぅ。読んでないってば」
「でも、すこしだけ読んだんだけどね。初めの方の文字は可愛いねえ」
 やっぱり読んでるんじゃない。悪びれもしないでさ。あーやだやだ。またこうしておばあちゃんのペースに飲まれて探し物が遅くなるんだ。分かってるんだけど。

〜ポロンポロンの、声〜

「きょうはとてもたのしかったよ。おかしもたくさんたべたね。それにピアノ、ピカピカだった。おへやもすごいきれい。おかあさんもとてもやさしい人で、いいね。あたし学校いかなくてもいいかな。だって学校はこわいし、つまんない。あたし、こんなにたくさん字をかくのはじめて。ノートつくってくれて、ありがとう」

 あの子の字はミミズがダンスした方がマシなぐらい、ぐにゃぐにゃに酔っ払ってた。
 一ページ目のこれはマシな方。
 あの子、感情が高まるともっと酔っ払っちゃって何語で書いているか分かんないだもの。

 この日はあの子、病院から帰ってきた日。うらの公園でママたちが話しているときに初めてあった日。
 あの子、真っ青なドレスを着て立っているママの後ろに隠れて、真っ暗な顔して、つま先にしか目がいってなくて、まるで役立たずの壊れたロボット。真っ白なワンピースを着て、 まるでお人形さんみたい、なんてお世辞にも言えない。
 でもあの子のママ、笑ってた。やっと病院に行かなくて良くなったって。あの子のママが笑えば笑うほど、わたし気持ちが悪くなっていった。
 公園の真ん中、ヒナドリみたいにピーピーいってあそぶ子供たちと同じぐらいの歳なのに、あの子、まるで大人みたいに無表情で他の子供たちを見てた。
 わたしその子がなんだか気になっちゃって遊びに誘ったんだ。
「なまえ、なんていうの?マンガすき?びょういんってこわいせんせえいるの?」
 あの子、わたしの質問には何も答えなかった。でも、さっきより顔がすこしだけ柔らかくなった。その時思ったんだ。わたし、この子と友達になるって。

 ママ同士、仲が良かったみたいで、その日わたしのうちでお茶にする事になった。わたしのうちにきてもあの子、ずっと大人しく黙ってた。
だけど公園にいる時と違ったのは、ただ、ただ、目を丸くして、大きなソファがあるリビングとか、大型のブラウン管テレビとか、パパから貰った外国製のわたしの人形たちを見てた。
 でも一番目がおおきくなったのはピアノを見た時。
 すこし薄茶色の瞳が、まるで外国の美術館にある宝石みたいにキラキラ、キラキラ輝いて、それを見た時この子、まるでお人形って思った。
「触ってもいいわよ。でもよごさないでね。わたしだって大切にしてるんだから」
 あの子、ラ、の音を弾いてビックリしてた。
「ネコふんじゃったって知ってる?ほら、こうしてポ、ポ、ポンポンポンって」
そしたらあの子、大はしゃぎ。ピアノと自分をこうごに指さして、ウサギみたいに飛び跳ねてる。
「弾きたいの?いいわよ、ここにすわって」
 そしたら違ったの。あの子、自分を指さしてみててって。
 「ポ、ポ、ポンポンポン。ポロンポロン」
嘘みたいだけど嘘じゃないの。わたしはおばあちゃんみたいに簡単に嘘をつかないもの。
 あの子の口からわたしが弾いたピアノの音が出てきたの。ポロンポロン、転がるような音があの子の口から。
 初めは驚いたし、ちょっとイラッときた。なんで、喋ればいいじゃんって。でも違った。
 あの子、ピアノみたいな音しか口から出せなかった。お医者さんでも治せない、変わった病気だって、あとから知った。
 そのあとはわたしばっかり喋っちゃって、もう何を言ったか覚えてないぐらい。
 あの子、字は書けるっていうから、ノートを持ってきて表紙にこう書いたんだ。
「ともだちノート」
 裏には「きょうこ、と、うたこ」。
 そしたらあの子、ポロンポロン喜んでた。わたしが弾くピアノより、ずっと綺麗な音で。
それが初めての一ページ。

〜ときわ町商店通り〜

 わたしの住んでいる町にはとても小さな商店街がある。おとな二人が並んで歩くとぎゅうぎゅうに詰まってしまうぐらいの狭さ。はしからはしまで駆けっこすると、あっという間に商店街が終わっちゃうぐらいの短さ。でも、商店街はいつもいろんな人がいっぱいいた。
 ごふくやの若旦那はイキな和服で薄くなった頭をいつも気にしている。隣のおもちゃ屋さんの店長と幼馴染みたいで、いつも楽しそうに喧嘩している。その向かいの今川焼き屋さんはとても美味しくて、いつもわたしが買うと内緒でオマケをしてくれる。たちばな書店ではたかい楽譜をいつも取り寄せているからお得意様だ。その隣にあるきんぎょ屋さんのおばあちゃんは魔女みたいなふうぼうをしていて、ちょっと怖い。うらの公園で犬を食べていたなんて噂もあるぐらい。でも、わたししっている。いきものを売っている人にはさからっちゃいけないんだって。おこらせるとどこかしらない外国に、きんぎょみたいに売られちゃう。だから、おこらせないように、ひとことも話さないほうが利口なんだ。

 この商店街はわたしの遊びばがわり。学校が終わると、夕方までこの商店街でずっと遊んでいる。だって、いつもきょうこちゃんは可愛いね、とか、ほめてくれたり、お菓子を内緒でくれたりするからだ。この商店街にいると、わたしはお姫さまみたい。ずっとそうなんだって思ってた。
 でも、違った。
 あの子を商店街に連れってったら、あの子、わたしよりもチヤホヤされて、わたしテレビで知らない国のお姫さまを見ているみたいだった。
「お人形さんみたいに可愛い子だねぇ。髪なんかツヤツヤしているよ」
 わたしだって真っ黒でツヤツヤしてるのに。
「それよりもごらん、白磁器みたいな肌じゃないか」
 わたしなんかこんなにキレイにひやけしているのに。
 ごふくやの若旦那なんか、いつもより頭をテカテカさせちゃって、変なの。
 おもちゃ屋さんの店長なんか、いつもよりデレデレ鼻の下のばして、じぶんのところの子供より可愛がっちゃってさ。
 あの子、チヤホヤされたのが恥ずかしかったのか、ずっと初めは黙ってたのに、今川焼き屋のおじさんにこちょこちょくすぐられて、思わずポロンポロン、うちで出したみたいな音を出しちゃった。鍵盤の右の方をくちゃくちゃってしたみたいな、とても可愛らしい音を出しちゃった。そしたら、大人たち、さっきよりもずっと目を丸くして、あの子、もっと人気ものになっちゃった。
 あの子、顔を真っ赤にしてわたしの手をひっぱってうらの公園までダッシュした。
タコのすべり台のてっぺん、ちょうどトンネルみたいになっているところに二人で座って、あの子、わたしのランドセルの中に入っていたノートの二ページ目にこう書いた。

「へんな声きかれちゃった。どうしよう。みんな、たのしかったのに、おかしな子だとおもわれちゃうかな。もう、いかないほうがいいかな」
あの子、声の事をやっぱり気にしてた。じぶんでへんな声だって書いたんだもの。だからわたし、なんだか頭にきちゃって「そうおもうなら、しゃべんなきゃいいじゃん!もったい無いんだ!あー、もったい無いんだ!」ってどなっちゃった。わたし、なんでそんな事を言ったんだろうって、一気に顔が熱くなった。そしたらあの子、ノートに「りんごみたいにまっかっか」って書いたから、あんたなんかもっと真っ赤だったよって言い返してやった。
そしたらポロンポロン、ポロンポロンってとても楽しそうに笑ってた。ほら、やっぱりぜんぜんへんな声じゃないじゃん。

「きょうはしょうてんがい。とてもたのしかったね。おとながたくさんいて、ちょっとこわかったけど、きょうこちゃんがいっしょだったからいけた。わたし、こんな声しているから、ふつうにしゃべれないから、おともだちできないかと思ってた。しょうてんがい、つれてってくれてありがとう。また、いやじゃなかったらつれてってね」
 あの子、二ページ目にはこんな事を書いていた。なんとか読める字でね。

続く

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