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〜ボロン、ボロロン、優しい歌〜

 あの子、商店街や学校の人気ものになってから、少し性格が変わったみたい。なんていうか、とてもおかあさんみたい。クラスの女の子が男子に虐められて泣いている時、そばをはなれずにずっと肩を撫でてあげたり、じっと話を聴いて、うんうんうなずいたり。うまく言えないけど、優しくて、とても大きい感じ。おかあさんに慰められている時と似てるの、それと同じ感じなの。
 前まではきょうしつでわたしのそばから離れずにいたのに、あの子、ちがう子の横にいる事が多くなった。わたしのそばにもちがう子がいて、それでも金属板をひっかいたみたいな痛い音が胸の中で鳴りひびいていた。その音はピアノのレッスンの時もずっと続いてて、練習曲なんてまともに弾けやしない。だって目の前のけんばんがネジくりかえってみえて、あの子みたいな綺麗な音がわからなくなっちゃった。先生もあきれて帰っちゃってさいていのレッスン。その日、ママはおやつを少し多めにだしてくれた。パパのお仕事の人からもらったピンク色のドレスを着たチョコをたくさん。テーブルがびしょびしょになるほど泣いているわたしを見て、ママはこういったの。
「ピアノにワガママばかり言っていると、鳴って欲しい音、出してくれなくなっちゃうよ。 
 だから、後でピアノにちゃんと謝っておこうね」って。
 その時わたし、ママがなにを言っているかわからなかった。だって、鍵盤を叩けばピアノは音を出してくれる。おんぷの通りに弾けば、ピアノはわたしの鳴ってほしい音を、そのままだしてくれるじゃんって。だからわたし、ピアノに、謝らなかった。

_____次の日、あの子学校で、わたしの後ろばっかり歩いていた。ついてこないで、って言っても、何か言いた気な顔でずっとうしろをウロウロ、ウロウロ。
「もう、ほかの子のところにいきなよ!わたし、いそがしいの!」
なんだかとてもイライラしちゃって、思わずあの子にわたし、怒鳴っちゃった。そしたらあの子、ポろんポロんって、いつもみたいな綺麗な音じゃなく、弦がきれたみたいな調子っぱずれな音を出してた。そしたら余計わたし、イライラしちゃって、あの子の前から逃げちゃった。
 帰り支度をしようと、ランドセルに机のなかのものを入れていると、ところどころシミがついたわら半紙が一枚机から出てきた。
 わら半紙にはミミズが酔っぱらったような字で「のーと、さいきんもらってなかったから、もらおうとおもったの。ごめんね」って書いてあった。
 わたし、なんかあの子と一緒に居づらくて、だって、ほかの子とばかり一緒にいるし、さいきんピアノの練習も失敗してて、って、あの子が目の前にいないのに、なんか言い訳してた。
 ポタポタ、ポタポタ。あわてんぼうのトナカイみたいになった赤っ鼻や、梅干し食べたときみたいにしぼんじゃった目からポタポタ、ポタポタ。
 わら半紙に最初から付いていたシミを、いっぱい広げるようにポタポタ、ポタポタ。持ってたわら半紙がシミで真っ黒になったとき、「そっか。あの子も泣いてたんだ」って気づいた。
 わたし、あの子にノート渡しにいかなきゃって、学校探したけどいなくて、しょうてんがいに行って見たけどいなくて、ようやくあの子と最初にあった公園にいたのみつけたの。
「これ、ノート。……ごめんね」
 わたし、ひどい顔していたみたいで、あの子、わたしの顔を見るなり口に手をあてて、笑うの堪えてた。
 その様子をみたらなんだかわたしもおかしくなっちゃって、クスクス、クスクス。
クスクスがゲラゲラになって、あの子も我慢出来なくなってポロンポロン、ポロロロン、いつもより綺麗な音で笑ってた。
 そのあとはタコの形した大きなスベリ台の上で、ポロン、ポロン。ポロロロン、ポロロロン。いつの間にかタコのスベリ台のまわりには、子供たちが沢山。みんなあの子の歌を聴いている。
 夕焼けが顔を隠すまで、ずっとあの子、優しい音でポロンポロン、ポロロロン。
その後わたし、おうちに帰ってママの言うとおりに、ピアノにもごめんなさいして、弾いてみたらあの子と同じ様な音が弾けた気がした。

 この時、あの子みたいな音が弾けなかったら、もっと早くピアノを諦めていたかもしれない。

〜ボロン、ボロン。はじめましての音〜

 あの子とわたしのノート、いったり来たり、時折止まったり。月日は緩やかに流れて行った。
 古くなったランドセルを捨てて、紺色の行儀良さと、目が痛くなるほど白いスカーフに包まれて、あの子と会った時よりも、わたし、背が高くなった。
商店街にはあの子、ずっと遊びに行っていたみたいで、誰もが認める商店街のお姫様になっていた。
 学校帰りに商店街の近くを通ると、爽やかで、時折甘い、あの子の声が、沢山の人が吐き出す白い息に混ざって、商店街の外まで漏れ聴こえていた。わたしが弾くピアノとは違い、レシピを見て作ったクッキーの様な拙さがあるけど、とても純朴で、商店街の人達が満面の笑みで聴いている事が、見なくても分かる様だった。
 ピアノの稽古をしていても、前みたいに鍵盤が捻じって見える事はなくなった。あの子の前で初めて弾いた時よりも、わたしは大分ピアノと仲が良くなった。それもきっと、あの子、が居たお陰かもしれない。なんて思える様になっていた。
 わたし、ずっとあの子の柔らかい音に嫉妬して、多分、嫌いになろうとしていた。わたしより拙い音なのに、ずっと安心できる音。わたしが褒められる音とは、全然違う音。だからあの子がうちに来て、わたしのピアノと一緒に歌うと上手く噛み合わないから、わたしにちゃんと合わせてと、喧嘩になったりもした。
 でも、あの子の優しいピアノの音は変わらなかった。だってあの子の音が変わったら、きっとあの子じゃなくなっちゃうもの。喧嘩した日のノートは、あの子、もう何を書いているか分からないぐらい下手な字で、でも、ちゃんとごめんねを書いてくれた。その分だけ仲直りして、喧嘩してを繰り返しているうちに、わたし、あの子に影響されたのかな。だからピアノとも仲良くなれているのかな。

_____あの子、前と違うのは、学校では歌わなくなった。わたしに気を使っているの?って聞いたら、少しはにかんでポニーテールを左右に振ってわたしの背中に指でこう書いたの。
「はずかしいから」
 なんの事か全然分からなかったけど、振り向いてあの子の顔をみたら、ピンと来ちゃった。だって、塗りたてのペンキみたいに真っ赤なんだもの。
 真っ赤なリンゴのお姫様になった理由はきっと二組に転校してきたあいつだ。物静かで(というよりも話したところを見たことが無い)、枯れ木の様に体躯が細く、大きな目をした音尾輝樹だ。だってあいつが来るまではこんな事なかったもの。
 
 放課後、あの子わたしの袖を引っ張って、タコの公園に行こうって。
 公園の中央には子供達が輪を作って、小さな劇場を作っていた。輪の中心には自転車一台と男の人が一人。木枠の中で繰り広げられる世界を、子供達はキラキラした目で眺めている。あの子なんて公園の入り口からキラキラしてる。輪の一部に私たちも加わる。木枠の中から絵を引き抜こうとしてた手が少し止まる。輪に加わった私たちに気がついたんだ。絵は灯台の下で釣りをしているお爺さんの絵だった。どうやらお爺さんは灯台守の仕事をあまり出来なくなり、暇を持て余して釣りをしているらしい。全体的に色も薄く、寂しげなシーンだ。また、絵を引き抜く。お爺さんが灯台の中から海を見つめている。長年船が来なくて悲しみに暮れている様だ。見ている子供達の殆どがお爺さんと同じ様に、口がへの字になってしまっている。中には意地を張っているのか、格好付けなのか、ヘラヘラと笑っているガキ大将もいるけれど、続きが気になるのか輪の中からは出ようとしない。
 いよいよお爺さんが寝込んでしまい、物語は悲惨な結末に向かおうとする。さっきまでヘラヘラしていたガキ大将も、ダンマリと結末を受け止めようとしている。でも、次の絵に移った瞬間、水平線の彼方から、二隻の船が灯台に向かってくる場面に切り替わり、壮大な曲が流れる。子供達は思わず立ち上がり、気が付いたらガキ大将は目と鼻に栓をした方がいいんじゃないかと思うぐらい、いろんな汁で顔がグチャグチャになっている。そして灯台守のお爺さんは安らかに、天使に祝福され天に登るシーンで幕が閉じる。
 私たちは子供達と一緒に夢中で拍手をし続けた。彼は左手をお腹に当てて、まるで映画でみた紳士の様に礼をし終え、子供達に向かって、バイバイと手を振った。
「あーあ、もう終わりかよ」
「でも最近良く来るからよ、また違うのやってくれるといいなー、お前、次はいつ来るか聞いてこいよ」
 ガキ大将はスッカリ彼の物語の虜になっている様だ。
「嫌だよ、だってあのお兄ちゃん、喋ってくんねぇじゃんよ」

 音尾輝樹は、あの子と同じ様にピアノの音で歌いながら、紙芝居を演じていたんだ。

続く

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