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〜ポロロロンの学校〜

 あの子、夏休みのあいだずっと商店街でちやほやされて、すっかり人気ものになってた。前までは、わたしにだけ、みんなにこにこしていたのに、あの子といくと、みんなあの子の事ばっかりちやほやしてる。あの子もすっかり笑顔になって、ポロンポロン、いつも何かの曲を歌ってる。商店街のみんなは、「可愛い音だねぇ」「仔猫が踊ってるみたいな曲だ」なんて言って、あの子の周りでおどったり、わらったり、うっとりしている。わたしだって、ピアノ上手いのに、あの子のピアノみたいな声より、もっといろんな曲弾けるんだから。学校でだって一番上手いって言われてる。合唱の時間もわたしがピアノの係りだし、クラスで人気ものなんだもの。

 あの子、夏休みが終わって、きょうしつに行くと、案の定じっとうつむいて黙ってた。公園であったときみたいに、役立たずのロボットみたいに、足元しかみないで、ときたまこっちをチラチラみて、物乞いのおばあさんみたいだった。
 ずっと病院ですごしてたから、あまり学校にきたことがないって、学校がどういうところかわかってないってあの子のママがいってた。学校ではわたしみたいに、おともだちと遊んだり、せんせいの質問に大きな声で答えればいいの。そういったら、あの子、つくえにふさぎこんで泣きだしちゃった。あの子、しゃべれないから、わたしみたいに答えられないから泣いちゃったんだ。そんなの知らないよ。だって、わたしはしゃべれるもの。どうしたらいいかわからないって、かおしてたの、あの子じゃん。
 けっきょくあの子、最初のとうこうびはしゃべらないで、しょうてんがいにもよらずに、帰っちゃった。
 この日は一緒に遊んでないから、ノートの三ページ目は何も書かなかった。でも、四ページ目はぎっしり、よっぱらいのミミズがのたり狂ってた。

「きのうは、ないちゃってごめんね。でもきょうはとてもドキドキしちゃった。がっこうで声だしたのはじめてなの。おんがくのじゅぎょう、みんなびっくりしてて、しょうてんがいのおとなたちみたいだったね。しょうてんがいにいったとき、きょうこちゃんにいわれて、おんがくのじゅぎょうでならったキョクのとおりにうたったらみんなすごいえがおになってた。わたし、こんなのはじめてだったから、しょうてんがいでもすごいドキドキしてた。あたし、あんまりわらったことないけど、みんながえがおになってるの、とてもいいなって。またあそんでね。ありがとう」

 あの子、四ページ目はすごい嬉しそうだった。わたしがいなかったら、きっと学校でもずっと黙ったままだったんだろうな。
でも、違う。あの子、わたしにありがとうじゃない。
 音楽のじゅぎょうであの子に歌わせた時、本当はみんなに笑われちゃえばいいって思ってた。やっぱり、わたしのピアノの方が上手いねって、みんなに言ってもらいたかった。
 しょうてんがいで歌わせたのだって、あの子の後にわたしが楽器やさんでピアノを弾けば、きょうこちゃんすごいねってみんなに言ってもらえると思ってた。
 でも、あの子の声、やっぱり凄かった。みんな知らないんだ。わたしが最初にあの子の声、聴いて凄いと思ってたのに。わたし、気がついたら胸のあたりがチクチク痛くて、なんだかきもちわるかった。

〜夕日丘のポロン、ポロン〜

 あの子、だいぶ学校にも、しょうてんがいにも馴染んできて、お姫さまみたいなのが、ずっと相応しくなっていた。
 あの子のママは相変わらずわたしのママと仲が良くて、いつもリビングでお茶を飲みながらあの子の歌を聴いている。
 わたしがあの子に聴かせる為にピアノを弾くと、ママたちはわたしのピアノより、あの子がわたしが弾いたピアノとおなじように歌う声に、うっとりしていた。
 部屋にはたくさん人が居るのになんだかわたし、一人になったみたいだった。
 あの子が帰ったあと、きょうはなんだかノートを見るきになれないし、おうちに居たくなくて、散歩に出て見たんだ。
 おうちとしょうてんがいの間に、夕日丘って言われてる木がたくさんある丘があって、蝉がミンミンジージー大合唱している。小さいころ、ここでハチに刺されてとても怖い思いをしたの。でも、たくさん遊びに連れてきてもらったところ。気分がモヤモヤしてるときは丘のてっぺんまで一人で遊びに来る。丘のてっぺんからはわたしの住んでいる町がいっぺんにみえる。赤い屋根のしたでは美味しいご飯をこれから帰ってくるだれかのために作ってるんだろうなぁ、とか、明日のしゅくだいしている子もいるんだろうなぁ、とか、ほら、あそこなんて今にも千切れそうなぐらい尻尾を振りましているイヌが見える。これからおさんぽに行けるのが嬉しいんだ。屋根のかずのぶんだけ、その家でくらしている人たちの幸せが見える。だからこの場所がなんとなく、好きなのかもしれない。
 丘のてっぺんがそろそろ見えそうなばしょにくると、なにかのうめき声が聴こえた。ぐるるぅ、ぐる、ぐうううううう。やだ、なんだろう。怖い動物だったらどうしよう、ひざからしたがガクガクとふるえ、胸のドキドキ大きくなる。そうっと木陰から覗く。丘のてっぺんにあるベンチに誰か座っているみたいだ。「ぐるるぅ、ぐ、ぐう!ぐ、ぐう!」
 声の主は動物でもお化けでもなく、あの子、だった。普段のピンと張り詰めた弦が鳴る様な音ではなく、ただ、ただ辛そうで、思わず耳をふさぎたくなるような汚い音だった。
 あの子、わたしが居た事にきがつくと、顔を真っ赤にしてふさぎこんで泣いちゃった。
「なんで、なんで泣くのよ!わたしイジメてないじゃん!やめてよぉ、泣かないでってば!」

 あの子、泣いている姿がなにかとても本気で、本気っていうのもおかしいけど、とにかく普通じゃなかった。つられて泣いたのは怖かったからじゃない。
「きょうこちゃんみたいに、ふつうにしゃべりたいよぉ」
 あの子、小石で足元にこんな事書いて、また二人で丘の上で泣いちゃった。幸せで溢れている町の丘のてっぺん、幸せじゃない二人で、わーんわん、わーんわん泣いてたんだ。

「きょうこちゃん、きょうもおうちによんでくれてありがとうね。あのね、こんなこといって怒ったらごめんね、きょうこちゃんね、ママたちみたいにおはなししたいでしょ?でも、あたし、こんなんだから、みんなに、よろこんでもらうだけだから、ちゃんとおはなしできなくてごめんなさい。きょうこちゃんのピアノ、いつもキレイに弾いているのきいているよ。いつもあたらしい曲教えてくれてありがとうね。いつかちゃんとおはなしができるように、なりたいです」
 この日のノート、ミミズなんかじゃなく、いつもより丁寧にしっかりとした字で書かれていた。

続く

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