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〜ポロロン、恋という歌〜

 紙芝居を堪能した子供達がいなくなってから、わたしは音尾輝樹に話を聴いてみたくなった、あの子もずっと赤い顔でモジモジしるから、タコのスベリ台の上に三人集まった。
 音尾輝樹が何か言いた気だったので、数学で使っているノートとペンを渡した。
「さっき見てて分かったと思うけど、病気で言葉が喋れないからノートを借りるね。学校ではわざと音を出してなかった。前の学校で嫌な思いをしたから、ずっと大人しくしてた」
 その嫌な思いがどんなものか、結局教えてくれなかったけど、想像出来る。
「さっきの紙芝居凄かったね。あの絵とか、どこかで売ってるの?」
 あの子が聞きたそうな事を代弁した。話を逸らした方が良いとも思ったから。
 音尾輝樹の大きな目がゆっくりと細くなり、待ってましたと言わんばかりに凄い勢いで自分の事を書き始めた。
「お爺ちゃんが昔、紙芝居屋をやっていてね。あの絵はお爺ちゃんが書いたんだ。裏にはちゃんと台詞も書いているよ」
 ところどころ千切れた場所をテープで補修されていて、色が禿げている所は塗り直されている。大事に扱われて来た証拠だ。
 裏に書かれていた台詞は、わたしが音尾輝樹の歌から感じた内容とほぼ同じだった。
「僕、ずっと自分の病気がコンプレックスでさ、でもきっと何か出来る事があるんじゃないかっていろいろ探してたんだ。お爺ちゃんが亡くなった時に遺品を整理してたら、昔使っていた紙芝居が一式出て来て、そう言えば元気だった頃、お爺ちゃん良くこの話読んでくれてたなぁって一枚一枚、絵を眺めていたんだ。そうしたら物語にぴったりな旋律が頭の中に浮かんで、試しに母さんの前でさっきみたいに演じていたみたんだ。母さんはとても褒めてくれた。でも、外ではやっちゃ駄目だって。きっと僕が嫌な思いをする事を心配していたんだろうね」

 彼の字はとても綺麗で、あの子とは大違い。面白いのは気分が高揚している時は右上がりに字が並んで行き、辛そうな時は右下がり。文字に抑揚が出ていて、彼の言葉を聴いている様なんだ。
「そう言えばまだ私たちの自己紹介、ちゃんとしてなかったよね?わたしは響子、で、この子は」言い掛けた時にあの子はノートを引っ手繰る勢いで手元に手繰り寄せ、唄子、と今まで見たことが無い様な綺麗で大きな字を綴った。目なんか大きくランランにしちゃってさ、思わずわたし、吹き出しちゃった。
 其の後、いきなりあの子が歌いはじめた。きっと自分も同じ病気なんだと、あの子なりに伝えたかったのだろうか。とても、とても優しい音で。ゆっくりと。
 あの子が歌い終わると、音尾輝樹が返事を返す様に、あの子より二音階程低い音で歌い始めた。この音階はわたしにとっては馴染みが深くて、すっと胸の中に入ってきた。音尾輝樹の音は、深さを感じさせ、暖かい音では有るけれど、あの子と同じ様な無邪気な温度とは言えず、言い知れぬ重力を感じさせた。
 夕焼けに照らされた二人のやり取りを聴いていると、まるでさっきの紙芝居を見ている様に、一つの物語が展開されている様で、思わず魅入ってしまった。ただ、さっきと違うのは音尾輝樹の音が、周りに向かって発せられるのではなく、あの子、だけに向けられていて、わたしはその物語の中に入る余地は無かった。
 子猫が兄妹猫にじゃれつく様な、そんな音があの子から出たかと思うと、音尾輝樹の目が輝いてボロンボロンと猫のおもちゃの様に転がる音が出てくる。お互いの出せる音を確かめている様でもあり、それが不思議と会話として成り立っているんだなと自然に思えた。

 この奇妙な会話が始まってどのぐらい時間が経ったのだろうか。次第に心地良さを覚えたわたしは、体育座りのまま、うつらうつらと船を漕いでしまった。それでも二人の歌の会話は止まらず、スベリ台の上に小さな世界を構築していった。わたしの小さな両手では受け止めきれないぐらい、スベリ台が二人の音で満ち溢れていた。
 音尾輝樹の声がボリュームを増し、舞台で言えばクライマックスに差し掛かろうとした時、金属を切り裂く様な金切り声で、わたしは目が覚めた。
「あなた、またこんなとこで歌って!人に聴かれたらどうするの!」

 突然現れた金切り声の持ち主は、あの子、と、わたしからあっという間にボロンボロンと陽気が良かった音尾輝樹を奪い去って行った。後で聞いて分かった事だが、音尾輝樹の家庭では、母親が一番彼の音を嫌いらしい。普通の、極めて普通の男の子に育って欲しかったと、嘆いていたとも。
「なんか……凄かったね、いろいろと……」
 突然の別れに嘆くどころか、あの子、オレンジ色に眼をキラキラさせちゃって。あ〜あ。そっか。そりゃそうだよね。
「書きたい事、どうせ沢山あるでしょ?」
 あの子にノートを渡して、わたしはそのまま振り返りもせず家路についた。

続く

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