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麿理の父であり、私の恋人である小津原とは勤め先の同僚に紹介されて知り合った。
第一印象は大人しいというイメージしかなく、あまり会話をする事なく食事会は終わった。すっかりそれで終わったものだと思っていたが、一週間後に小津原からの電話が鳴った。食事会を盛り下げてしまって申し訳ないという謝罪から始まり、そのまま電話を切ろうとしたので、私の方から食事に誘った。気取った所は苦手だったので、中野のマルイにある大衆食堂で落ち合う事にした。
冴えない格好はお互い様で、それでも無理をして格好つけている小津原を見て、自分が女性として扱われている気になり嬉しかった。
中華から洋食、和食までそれなりのメニューがあるにも関わらず、小津原が注文したのはコーンポタージュだった。
「それしか頼まなくていいの?」
「これが好きなんだ」
スープ用の大きめなスプーンを上品に使う小津原が何故か素敵に見えてしまい、私もコーンポタージュを注文した。二人でスープを同じタイミングで啜りながら、会話のキッカケを探った。
初めて小津原が饒舌になったのはレコードの話になった時だ。
「僕はあまり邦楽は聴かないんだ。黒人なんだけどジャクソンファイブなんていいね。後は最近買ったレコードだとベイシティローラーズなんて最高だと思う。デヴィッドボウイなんて聴いた事ある?」
口から出てくる歌手はどれも知らない人達ばかりで、私と違う環境に居たのだと実感させられた。その後付き合い始めた私達は同棲する事になり、六畳一間の部屋は彼のレコードとステレオが殆どの場所を占領した。
私には最後までどんな仕事をしているか教えてくれなかったが、日中は家で寝て居たのできっとロクな仕事じゃないんだろう。彼との記憶は洋楽とセックス以外は特に無かった。
セックスをしている時の小津原はとても粗暴で、洗練された様子は微塵もなく、それは私に対する気持ちの様でもあり、感情の熱を下げるには充分だった。
同棲を初めて四十五日目、生理が来ない事に気付いた。小津原に妊娠の可能性を告げた時に流れていた曲は、リンゴスターのオンリーユーだった事は今でも覚えていて、お陰で大嫌いな曲になった。
仕事の量を増やすとは言ってくれたが、生活リズムは変わる事はなく、日中はステレオの前から動かなかった。お腹が目立つまでの間は勤務先に隠しておく事は出来たが、同棲相手の子供だとは誰にも言えず、妊娠七ヶ月目にして苦労して入った銀行を退職した。
内縁の妻という立場は世間体が悪く、小津原と結婚さえしていればまだ違ったのだろうが、お互いにその気持ちは無かった。
小津原と暮らした期間は一年にも満たなかった。その短い期間で私の大切にしてきた” 私 ”をあっさりと小津原は壊していった。
麿理の父親である以外は、洋楽好きで、品の無いセックスをする男。それだけの下らない男で終わる筈だった。もう二度と会う事は無いと思っていた。会わずに済む暮らしならばどれだけ楽だったろうか。麿理の不思議な身体に気がつかなければ、いや、麿理が普通の身体だったのなら、仮定をいくら積み重ねてみても、私のストレスは無くならない。多分限界だったのだろう。でなければ、小津原の居場所を探そうなんて思わなかった筈だ。

_____小津原の居場所はあっけなく見つかった。小津原を紹介してくれた友人はクリスチャンで、日曜の礼拝に欠かさず参加しているのだが、小津原も最近顔を出しているらしい。貯金を持って東京から出ていったのだとばかり思っていたが、私が苦しんでいるすぐ近くで、小津原は怠惰な生活を過ごしていたのだ。
麿理と何処かに出掛けるという事が既にストレスだったが、小津原に会いに行くのに一人にさせる訳にはいかない。何かあってしまっては取り返しがつかないのだ。
「今日はね、遊びに行くんじゃないの。お母さんに取っても、あなたに取っても多分嫌な一日になるの。でも、きっと必要な事なの」
家に居たいとぐずるかと思ったが、普段閉じ込めていたせいなのか、麿理の表情は明るかった。 それもそうか。日曜日に二人で出掛けるなんて今まで無かったのだから。
繋いだ手から伝わってくる温もりは、小津原と繋いだ手と同じぐらい温かかった。

続く

次回五月十三日更新予定

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