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「Mの1」

春の風を感じながら洗濯物を干すだけで、こんなにも気持ちが良く、落ち着けるなんて、
やはり私は疲れているんだろうか。
この団地に来てから白髪が増えた様な気がする。美容室なんて何年も行っていない。髪型のせいもあるのだろうが、鏡を見る度に年老いている様な気がして、溜息をつく回数も増えた。
麿理が小学校に通い始めた時、いつ学校からの電話が鳴るかと心配で、気持ちが落ち着く暇がなかった。
一人でいる時間が増えたと普通の母親ならば喜びもしただろう。ただでさえ不安の種は大きいのに、近所付き合いというしがらみが悩みの種をさらに増やした。近所付き合いの悩みなんてくだらない事ではあるが、小さな事でも積み重なれば、心を潰すのに充分な重さになる。

「この前のテレビでさ、イヤネ屋で紹介されていたお菓子屋さんに行って来たんだけど」
「あのアイドルがこのタイミングで結婚するなんて絶対売名行為よね。あ、そういえばくろもんたが紹介したせいでまたスーパーから納豆が消えたそうよ。買っておいて良かったわー」
人生の貴重な時間を割いて、自分に取って全く関係の無い事に毎日飽き足りずに夢中になれるなんて、彼女達は何かに洗脳でもされているのだろうか。いや、私もいっその事洗脳でもされて、不安の種を忘れてしまえば、日常のなんでもない事を楽しめたら、きっともう少し楽かも知れない。

_____麿理が産まれて来る二ヶ月前に麿理の父親は、突然私の側から蒸発した。口座から貯金の全てを下ろされており、生活の一切が立ち行かなくなった。
役所を頼ると良い、と住んでいたアパートの大家にアドバイスを受けて、役所の保護課で相談した結果、母子寮というものがあると教えられた。入寮するまでは駆け込み寺と呼ばれる保護施設に入り、そこで受け入れ先が決まるまでの間、二週間過ごした。個室は用意されているが、食事は他の入寮待ちの親子と同じテーブルで過ごさなければならず、常に誰かに話しかけられる為、プライバシーという概念は薄かった。入寮が決まり母子寮に入ってからも個室は有るには有ったが、出掛ける際には入り口の職員に何処に出掛けるか報告をせねば外に出れず、その度に中身の無い世間話をされて辛い時間を過ごした。保護施設も母子寮も、何かしらの事情を抱えた者が入る為、明るく聴こえる会話の底には得体の知れない粘ついた黒いオーラを感じた。そのオーラは私のストレスに変換され、胎内にいる麿理に降り注がれていた。

麿理を出産してからも、ストレスを感じる事は変わらなかったが、麿理の前では極力良い母であろうと努力をした。私の母がそうであった様に。
辛い時や苦しい時、母ならどうしたのだろうといつも考えていた。もし病気で命を失っておらず、力強く私を支えてくれたあの母が生きていたら、どんな風にアドバイスしてくれていたのだろうとも。ただ、結局は自分の記憶に残る母の強さだけを頼りに、私が力強い母になるしか道は無かったのだが。

覚悟が揺らいだのは麿理が三歳の誕生日を迎えた日だった。ささやかながらだが、用意した誕生日ケーキをテーブルに置くと、パチパチと手を叩きながら喜んでくれた。麿理の無邪気な笑顔に、普段のストレスも和らいでいた。
「オレンジジュースもあるのよ。とびきり美味しいやつなんだから」
テーブルに置いていた包丁の事をすっかり忘れてしまったまま、冷蔵庫に飲み物を取りに行った。プラスチック製のコップ二つに果肉が混ざったオレンジジュースを入れて戻ると、両手が血で真っ赤に染まった姿が目に入った。身体中から力が抜けて倒れそうになるのを堪えて 、どこに傷が有るか確かめようと勢いよく両手を掴むと、私の表情が怖かったせいかその時初めて麿理は泣き出した。緊張で硬く握り締めた拳をこじ開けるが、どこにも目立った傷は無かった。念の為に着ていた服を全て脱がして、身体中探したがどこにも傷は無かった。
「あんた何したの!?」
張り上げた声に麿理はまた驚いて引きつけを起こす直前まで泣き喚いた。テーブルの下には、用意したケーキが中身をぶち撒けた状態で落ちていた。訳も分からぬ状況で私はただただ、麿理を抱きしめていた。病院にも連れて行き検査をしてもらっても、やはり身体には傷が見つからず、結局流血した原因は分からなかった。
それから一年間は、怪我をしないように気をつけていたかいもあり、何もなく過ごしていたが、二度目の出来事で私はこの子が普通では無い事を確信した。
電熱式のストーブを、何を思ったか麿理が跨いだらしく、左足の内側が照射面に張り付いたのだ。慌てて引き剥がした側から内腿の傷が塞がって行くのが目に入った。
「ふしぎなんだよ。おててとかね、あんよもなんともないの」
「大丈夫?痛くないの!?なんともないって……なんとも無いわけないでしょ!?」
「いたいのはすこしだけなの……。ピリピリするけど、すぐなかにいっちゃうの」
何か変異的なものなのか、障害に近いものなのかまったく予想も付かなかった。
「麿理。この事絶対に誰にも言っちゃ駄目だよ。ママと麿理の秘密にしておくんだよ」
この時の麿理が、私の形相に怯えていたのは今でも覚えている。

二度目の出来事からの二年、私は常に細心の注意を払ってきた。多少生活に不便を感じても、麿理の周りから危険を排除してきた。常に神経を尖らせてきたからか、ちょっとした事でも怒鳴り声を上げる様になった。遊びたい盛りなのも分かるし、好奇心旺盛なのも仕方が無い。麿理が普通のこどもだったら喜ぶべき行動なのに。
この頃、既に私の中では麿理は” 普通 ”の子供でないという認識を当たり前の様に持っていた。我が子を異質な存在に感じていたのだ。同時に、私自身も麿理にとっては普通の母親でなく、異質な存在になっていたのだろう。

「麿理ちゃん、赤いランドセル喜んでましたね。楽しみにしていましたよ」
母子寮の職員の笑顔は、薄いフィルムを張った様に白々しかった。どうせ、面倒な人間が居なくなったとホッとしている癖に。
麿理が小学校に上がる半年前から、私の働き口も決めなければならなくなった。あくまでも母子寮に居るのは一時的なものであり、心身共に問題がなく働き口を探す意思があると認定されれば、仕事を見つけて出て行かなければならない。なかには再婚相手を見つけて出て行く者もいた。体力的な問題は無く、再婚相手など見つけるつもりも無かった私は、社宅付きの就職先を探し始めた。
二十五度目の面接で寮が完備されている職にありつけた。中小企業の食堂で勤務時間は朝の五時から十一時で週五日勤務。昼食の仕込みを終えると大学生のバイト達と交代して、十二時には帰宅出来る。勤務時間が短い為、あまり給料は良く無かったが、常に人の目に晒されている母子寮に居る事を考えればよっぽどましだった。
社宅は団地の五階建てで、一階辺り五部屋ある。私達は三階の真ん中の部屋を割り当てられた。少ない荷物を麿理と一緒に解いていると、隣人で同じ会社に旦那が働いているという中年の女性がドアを叩いた。引越しの挨拶に私の方から出向かなかった事が気になったらしくわざわざ出向いて来たらしい。
「私はそういうの気にしないんだけど、ここにいる奥様達は皆” マトモ ”だから、気を付けた方が良いわよ。私は気にしないんだけどね」
結局のところ、何処に行ったとしても私はストレスから逃げられないのだ。引越し初日にして、淡い期待は打ち砕かれた。

_____「ママ、わたしもアサミちゃんのお部屋いってきてもいい?」
同じ階の同級生と遊びたいと駄々をこねる麿理を叱るのは何度目だろうか。
「ママこの前も行ったよね?もし友達の前で怪我をしてあの事が知られちゃったらどうするの?あなたは他の子と違うの。違うって事が広まったらどうなるか分からないのよ?」
麿理を守る為にも、仕方の無い事だ。もし、この団地に麿理の事が広まってしまったら、世間に知られてしまったら、麿理はずっと好奇の目に晒されてしまう。この子は私の様に不幸な人生を歩んで欲しくない。人の目に晒されない様に、目立たず、静かに私達は生きて行くのが最善なんだ。

休日はなるべく家から一歩も出ない様にした。カーテンも締め切り、部屋の中で麿理が怪我をして泣いてしまっても、音が漏れない様に発砲スチロールを壁一面に貼った。
仕事が終わると、自宅で麿理が帰ってくるのをただ待って居る事に耐えられなくなり、学校が終わる時間まで裏門で待つ様になった。校庭で遊ぶ麿理の姿が見えると気が気でなく、付き添いの許可を貰いに行こうとしたが、どう考えても教員が納得する理由を考える事が出来なかった。

「ママが学校にくるとともだちがわらうから、もうこなくてもいいよ」
その言葉を聞いて、私は初めて麿理に手を上げた。私がどれだけ神経を擦り減らしているのか、まったくわかっていない麿理に、無性に腹が立ってしまったのだ。
今までは怒鳴り声だけで泣いていた麿理が、その時はただ、黙っていた。

続く

次回更新予定五月六日予定

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