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「ずっと悩んでいた。君が宿した子をどうするべきかって。これ以上僕の血を繋げていくべきではない。だけど、直接子供をおろして欲しいとも言えず、ただ時間だけが過ぎて行った。その頃、僕は君に黙ってこの教会に来ていたんだ。さっきの神父さんに相談する為にね」
  悲しげな目付きではあるものの、その瞳の向こう側からは感情が伝わってこなかった。信じられない程に視線は静かだ。「僕を頭のオカシイ奴だと思っているだろ?それは間違っていないし、間違っている。整合性の取れない事なんて世の中にはいくらでもあるさ。たまたま君の近くにあったオカシイものが、僕と麿理だっただけでね」
「本当何を言っているか意味が分からない。充分あなたは頭がオカシイけど、麿理と一緒にしないで。あの子は……あの子は普通の子供なの。たった一人の私の娘なの。スカートの事は改めてお礼するわ。でも、これ以上私に関わらないでちょうだい。もうあの時に終わっているでしょ?あなたは私達を捨てたの。死ねば良いと思ったんでしょ?だったら死んだものと思って忘れて」
  何かを諦めた様な溜息を吐き、机の上に置いてあったペーパーナイフを右手に掴んだ。
「そんなもので、私を脅すつもり?」
 小津原はかぶりを振って自分の左肩をそのナイフで突き刺した。あっという間に左肩が鮮血で染まるが、小津原の様子に焦りは見えない。
「僕もあの子と同じ身体なんだ。……いや、あの子が僕と同じ身体と言った方がいいか」
 
_____「そうか……。あの子も僕と同じ歳に気がついてしまったんだね。やっぱりか」
 余りにも狂ってる事が多過ぎて、喜劇の主役を演じている気持ちになってきた。それとも私は小津原の妄想世界に迷い込んでしまったのだろうか。麿理を産んだ事も、私が苦労して麿理の秘密を守ってきたこの七年間も、実はあの六畳一間のアパートにまだ私と小津原が住んでいて、悪夢から醒めていないだけなのではないか。
「信じられる事なんてとても曖昧だよ。君が今見ている僕は僕でないかも知れないし、君が定義付けた僕の容姿も間違っているかも知れない。正解なんて、実は何もないんだ。でも困った事に、麿理が産まれて来たのも、僕の血を引いているのも、そしてきっと僕より悲惨な人生になるのも、間違ってはいないんだ」
 小津原が確信めいた事を言うと、それがどれだけ荒唐無稽な内容だったとしても、不思議な説得力が産まれるんだ。
「君は何故、あの子に麿理と名付けたんだ?」
「……あなたに教えなきゃいけない理由でもあるの?」
「あの子が僕と同じ身体になっている理由を知りたいならね」

「あの子は……父親の存在を知らぬまま産まれる運命になった。あなたが逃げたからね。私はあの子に、私が感じた以上の絶望を味わって欲しくなかったの。でもあの子を愛せる様になれるか自身が無かった。だから、あの子には私が信じられなくなっても、自分が存在している理由だけは疑って欲しくなかった。……だってあの時、私は確実にあなたを受け入れて、幸せだったんだもの。純粋に幸せな感情が頂点に達した時にあの子を授かったのだから。それで麿理」
 きっと小津原に言わせればこの場所に私が居るのも、こんな話をしているのも、実は全部最初から決まってて、 この後私が日常に戻れなくなるのも必然だったんだろう。

「うん。自分の理、か。いい名前だね。きっとあの子なら分かるかも知れない。僕はなんで自分がこんな身体になったのか、まだ分からないから」
「ちょっと待ってよ。さっき」
「あの子が僕と同じ理由ならなんとなく分かる。なんでこんな身体になったのかは僕だって誰かに聞きたいぐらいさ」
 小津原が吐き出す声は、いつも心地よいトーンで一緒に居る人間を落ち着かせる。気が付くとこの空間に二人で居るに違和感を覚えなくなってきた。
「きっとこれから話す事は、あの子にとっても大事な事で、そのうちあの子自身も気が付くと思う。自分が何人目なのかって」
「何人目って……他にも同じ様な身体の人がいるって事?」
「正確に言えば違う。僕は四番目で、きっとあの子は五番目なんだ。こんなに次の順番が早いのはきっと初めてだと思う」
 違和感を覚えなくなったのは、ただ落ち着いていただけではない。何も理解できそうにない小津原の話が、きっと麿理と私にとって確信になる事なのだと、ただ盲目的に没頭出来ているだけなんだ。

「僕はさっき自分が四番目と言ったね。これも正しいかは分からないけど、僕の頭の中には僕以外の意識が三人存在しているんだ。一人目は奴隷の少年。二人目は北欧の少女。三人目はインディオの青年。彼ら以外に記憶がないからきっと僕は四番目なんだ」
「初めは奴隷の少年と僕の記憶が重なって理解が出来た。なんて言えばいいかな、唐突に分かるんだよ。奴隷の彼が感じた辛さだったりとか、楽しみとかね。彼はとても退屈していたな」
「二人目の少女は可哀想なぐらい身勝手だった。痛みに塗れた人生だったからそれもしょうがないかも知れないけど」
「三人目は真面目過ぎたんだ。まあ、自分が何者かを知らないと同じ種として認められない様な場所に産まれてしまったからなんだけど。でも、彼がきっかけを与えてくれたんだ。彼がこっちに来てくれたから三人が一つに纏まったんだ。僕が果たした仕事は、僕を含めて四人が同じ意識を持っていて、時間軸が違う存在だったってだけ。だから彼らの記憶は僕で、僕は彼らとなんら違いはない。それが確信出来たのが僕の身体。傷がすぐ治る不思議な身体。彼らも僕と同じ身体を持っていた。そのおかげで大分酷い目に会ったよ。それが酷い目だったと思えて言えるのは僕だからなんだけどね」

「そんな話……しんじ」
「信じられない?じゃあ信じさせて上げる」
 
 急に顔つきが変わったかと思うと、甲高い裏声を出し始めた。

「 ……麿理は右手を包丁で切ったの。すぐ治ったけど、ママは青い顔して泣いていた。その後はストーブで腿を焼いたわ。肉が焦げる臭いって、みんなあんな感じなのかな?その時もママは怒っていたわ」

 
続く

次回六月三日更新予定

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