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「そうやって教えてくれたのは三人目。三人目が教えてくれた事をずっと考えてきた。僕らが存在してきた意味を含んでいるんじゃないかって」
 私に話している様にも見えるが、小津原は小津原自信と対話しているみたいだった。
「それぞれの時代に固着したのは自我を持ってしまったせいで、それは僕らに取っては不自然だった。僕らの存在意義はそれぞれの時代を見守る事で、個として存在してはならなかった。でも、僕らはあまりにも弱い存在で何かにすぐ引き寄せられてしまった。まあ、それは僕らだけでなく皆そうなんだけど。だから僕は四人の中で一番感情に遠い存在だったんだろう。三人目のマロは白い兄弟に会うことが出来て失敗に気が付いたらしいけどね」
「……じゃあどんな存在だったら良かったの?どうあるべきだったの?」
 小津原の白い肌が街灯に照らされて光っているようにも見える。さっきよりも、確実に白く。
「三人目が言うには僕らは人間として一番核に近い存在、髄なんだと言っていた。一人目はかなり純粋な髄に近かったが、好奇心には勝てなかった。二人目は感情を持ってしまった。コントロールする術を知らなかったかので、結局自分に勝てなかった。三人目は承認欲求、自己の存在を確かめようとし過ぎてしまい、結果自己を保てなくなった。僕はまだ、何かに負けず自己を保てているから、存在出来ているんだけど。だから麿理は産まれるべきじゃないと思っていたんだ」
「だから?だからってどういう事?あの子に何の罪があるのよ」
「五人目が最後なんだ。この星、地球の意志によればね」

_____「僕もまだ教えて貰ってない事もあるから、少し聴いてみようか」
 そう言って小津原は三人目に意識を明け渡しをした。明け渡し、というのは彼が言うには三人目に身体だけを貸し、意識を入れ替えて会話をする行為なのだという。
 ぼんやり空を見つめたかと思うと、徐々に顔つきと瞳が獣の様な厳しさを蓄え、小津原ではない誰かに変わる。小津原の言う三人目のマロなのだろうか。

 三人目のマロは足元に指先で何かを描き始めた。円の下に棒線を真っ直ぐ引き、手脚と思われる四本の短い線を引く。右手には円錐形の何かを持っていて、左手には上に真っ直ぐ伸びる一本の棒。これはアシという物だと後で小津原に聞かされた。そのアシから右側に向かって二本の横線が引かれる。下の線は細く、上の線は三本指で引かれたので太くなっている。上の線には人が三人、左から小さい順で並んでいる。下の細い線には斜線が引かれた丸が三つあり、そのすぐ後に上の線に繋がる縦線が一本引かれた。
 その縦線を境に下線の先には大きな円の上にまた人が立たされ、その先の麦畑の様な場所にもう一人立っている小さな人間がいる。上の太い線の先は波線になっていて端には何も書かれていない。この絵は何かを表しているのだろうか?三人目のマロは右側の円形を二回指で叩き、私と自分と、地面を指差した。波線を指差すと首を横に振り、とても寂しそうな表情を浮かべた。波線には良くない意味が含まれているのだろうか?伝えたいであろう事を、私が上手く汲み取れずにいると、少しだけ困った表情を浮かべて私と自分の胸に手をそっと当てて、下側の細い線上を何か指示する様に指差した。 人差し指と中指で線の上を歩く様なジェスチャーを見せると、麦畑に立つ人間と私を交互に指差した。
「ここに行けと言いたいの?」
 手話の通訳みたいに身振り手振りで伝えると、悲しそうな表情が和らいだ。その後一瞬能面の表情をしたかと思うと、意識を小津原に返したのか、元の顔つきに戻っていた。

「ロードプラン。この絵の事だよ。聖杯を持って立っている一番左の人間は僕らの遠い祖先。この頃には何も余計な物は無く、人と動植物達が分け隔てなく等しい存在だった。聖杯の中に全てが存在していたのだけれど、アシという文明を手に入れた人が現れた。そこをキッカケに物質世界と精神世界に住人達が住み分かれてしまった。上の太い線が物質世界で、下側が精神世界。この時を境に動植物と人は会話が出来なくなり、精神世界からは住人達がどんどん居なくなった。物質世界の住人達は栄華を極めようと新しい文明を産み出して自然を蔑ろにし始め、力を誇示しようと領土を広げていった。精神世界の住人達は、不自然な道に進んでいってしまう物質世界の住人達を監視する為に、Mellowを送る事にした。上の線の一番左に居るのが一人目のマロ。でも、彼も結局物質世界に飲み込まれてしまって存在を消してしまった。暫くすると二人目のMellowが監視者として送り込まれるけど、一人目と同じ結末を迎える。三人目も同様なんだけど、彼だけ右手が横に伸びているだろ?四人目の僕に何かを託そうとしているらしいんだ」
 小津原の真剣な瞳を見るのはこれが初めてかも知れない。上手く理解できない所もあるけど、小津原がいい加減な事を言っているのではない事だけはしっかりと分かる。発する言葉の温度が熱を帯びているからだ。
「二本目の縦線の横に立っているのが僕なんだってさ。その下にある円は、今の僕らが存在している地球。ここにはまだ斜線が引かれていないだろ?」
「引かれると……どうなるの?」
「その世界はリセットされる」
 小津原は斜線が引かれた円形を一つずつ指差した。
「初めて地球として意識を持った一つ目の世界は火に包まれて破滅した。二つ目の世界を構築したのは物質世界に囚われなかったり、戻ってきた人達らしい。だけど二つ目は氷に閉ざされて破滅した。三つ目は東の最果ての大地に留まっていた住人が創り上げた。でも同じ事を繰り返して海に全てが飲まれてしまったらしい。皆、先を見る事が出来なかったんだ。大きな船の上にいて助かった住人や動物が、今僕らが居る四つ目の世界を創った。その時間経過がこの絵には描かれている。今しか見れない人達の為にね。僕たちの時間で言うと、五万年前からこの絵があると三人目が言っていた。前までの僕は半信半疑だったけど。細かいディテールは違えど、いろんな宗教や神話と内容が合致するところも興味深い。……君もなんとなく気付いたかも知れないけど、僕がこの円形の上に立っているって事は、ここが本当の意味での境界線なんだ。四つ目の世界がリセットされるかどうかのね」
「予知とか予言って事なの?誰が何の為に残したの?」
「誰が、っていうのはどうかな。これは誰かがが残したとかそういったものじゃないんだ。彼等の存在がどういったものか説明すると分かるかも知れないけどね」

 小津原の冷淡だった言葉が、乱反射する様に頭の中に響き始める。話し始めてからどのくらいの時間が経過しただろうか。
「僕が君を見る事で君が今そこに居るのを認識して存在を証明できる。でも僕が此処にいて君の存在を証明したって事を証明するには、僕と君以外の意識が必要だ。そしてそれを証明するにはまた別の存在が必要になる。僕らが認識しているこの世界は、その証明がずっと連鎖しているだけで、実はとてもシンプルなんだ。その連鎖の最後はどうなっていると思う?」
「地球があるだけなんだ。僕らの意識自体がこの地球なんだ。精神世界の住人達は自分達の存在意識を形なく持っていて、まったく違うルールで生活している。勿論自分達が地球と一つであるという事も彼等は良く理解している。そこには時間という概念もなく、過去も未来も無い世界。僕らには全くもって想像もつかないってやつだ。ロードプランは彼等の意識の欠片なんだ。僕らが今日まで生きてきた時間は彼等に取って、ほんの一瞬で過ぎ去る事でまた繰り返して起きている事らしい。僕らは僕らのルールに縛られているから感じ方を忘れているけど、未来に起こる事はもう既に起きていて、選択した道筋を辿っているだけ。でも、その道筋は一つじゃない」
「……それがこの二つ目の縦線の後にある波線と麦畑って事?」
「そう。これからどっちの道筋に向かうのかある程度決まっている。どっちか分かる?」
「……できれば下の方に行って欲しい気がする。だってこの波線の先には何もないもの」

「君が麿理の母親であり続けたいと思うなら、それは無理だね」

続く

次回六月二十四日更新予定

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